第11話 境界の日常
朝の光が森の隙間から差し込み、境界は静かな活気を帯びていた。霧が残る中、木々の影が地面に長く伸び、鳥のさえずりがかすかに響く。焚き火の煙がゆっくりと立ち上り、柔らかな朝の匂いが漂う。
私は焚き火のそばで朝食の準備を手伝っていた。食事の材料を分け、火を起こし、水を汲む。手順は簡単だが、誰も指示することはない。それぞれが自然に自分の役割を理解して動いている。王国での厳格な秩序とは違う、しかし確かな秩序がここにはあった。
エドガルが私の隣に座り、小さく笑った。「ここ、なんだか本当に普通の村みたいだな」
確かに、見た目だけなら普通の村の朝と大差はない。しかし王国の管理下にあった頃とは根本が違う。ここには、誰もが自分の意思で動く自由と責任がある。それが自然な秩序を生み、恐怖ではなく信頼で結ばれているのだ。
私は手を止めて、森の中に目を向けた。木々の間を通る風が葉を揺らし、わずかに枝が擦れる音が聞こえる。追放者たちの集落は、外界から切り離されているが、ここでは自分たちの力で生活を守る術を知っている。魔物や危険はあっても、人々は怯えることなく、自分たちで対処できる自信を持っているのだ。
午前中、私は集落の子供たちと一緒に簡単な遊びをした。木の枝を使った手作りの剣で模擬戦ごっこをする子供たちの笑い声が、森に響く。子供たちは追放者や元兵士、商人や旅人の子供たちで、生活環境も出自も違う。しかし、ここではそんな違いは関係ない。遊びを通じて互いに協力し、信頼を築いている。
昼になると、境界の広場で会議が開かれた。セラが中心に立ち、見張りや物資の分配、施設の管理について住人たちと確認する。声高に命令するのではなく、提案や意見を受け止めながら話を進める。私はその傍らに立ち、静かに見守る。
ここでの秩序は、力や権威ではなく、判断と信頼で成り立っている。私は力を使わずとも、人々の目を引き、自然に存在感を示せることを実感していた。
午後、森の外れの小道を歩いていると、エドガルがぽつりとつぶやいた。「なあ、アリア。俺たち、ここで本当に安全なのか?」
私は彼に向かって微笑む。「安全というのは、相対的なものよ。ここは王国よりも安全だと感じるでしょう?」
彼はしばらく考え込み、やがて頷いた。「……そうだな。少なくとも、俺たちは自分で考え、行動できる」
夕方になると、住人たちは広場に集まり、焚き火を囲んで簡単な食事を取った。互いに小さな会話を交わし、時折笑い声が漏れる。境界に流れる日常は、王国では味わえなかった自由と安らぎに満ちていた。
夜、森が完全に暗くなると、私は焚き火のそばで静かに座り、今日一日の出来事を振り返った。子供たちの笑顔、住人たちの自発的な働き、そして自分が彼らの生活に自然に溶け込めていること。初めて、ここに居場所があると心から思えた瞬間だった。
エドガルがそっと肩に手を置く。「アリア、ここで生きていく覚悟は本物だな」
私は焚き火を見つめながら頷く。「ええ。ここで築く信頼と居場所を、守る覚悟がある」
月明かりが森を淡く照らし、焚き火の炎が揺れる。静寂の中で、私は安心して眠りにつくことができた。恐怖に怯える必要も、支配される心配もない。自分の意志で選んだ居場所がここにある。それだけで、心は十分に満たされていた。
だが、胸の奥には小さな予感もあった。
この穏やかさは永遠ではない――王国は必ず、この変化に気づく。
境界という新勢力の中心に、追放された令嬢がいることを。
それでも、私はもう逃げない。
ここで得た信頼と居場所を、自らの意思で守る。必要ならば全力で戦う覚悟も持つ。
森の夜風が枝葉を揺らし、焚き火の炎が小さく揺れる。
私は深く息を吸い込み、心の中で固く誓った。
ここが、私の選んだ居場所だ――王国の思惑とは関係なく、私自身の力で築く居場所。
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