第3話 即日追放という異常


 会議室を出てから、私に与えられた時間は驚くほど短かった。

 日の高さから見て、まだ正午にもなっていない。にもかかわらず、城を出るのは今日中――それも日が落ちる前だという。


 自室に戻ると、使用人たちが最低限の荷造りを始めていた。

 宝石箱は封をされ、書類棚は鍵を掛けられる。衣装棚から選ばれたのは、実用的な服が数着だけだった。


「……ずいぶん、あっさりしているのね」


 私の呟きに、誰も答えない。

 使用人たちは目を伏せ、指示された作業だけを淡々とこなしている。その態度が、かえって状況の異常さを際立たせていた。


 公爵令嬢が国外追放される。

 本来であれば大騒ぎになるはずの出来事だ。家族への連絡、身柄の引き渡し、護衛の手配。形式だけでも整える必要がある。


 だが、それらはすべて省かれていた。


 許された荷物は小さな鞄一つ。

 従者の同行は禁止。

 馬車の用意もない。


 ――まるで、急いで「外」に出したいかのように。


 廊下を歩きながら、私は繰り返し考えていた。

 なぜ、ここまで急ぐ必要があるのか。


 嫌がらせが理由なら、調査期間が必要だ。

 冤罪の可能性を考えれば、猶予を置くのが普通だ。


 それなのに即日追放。

 しかも、護衛なし。


 答えは一つしかない。


 私が王城に存在し続けること自体が、危険だった。


 城門前に到着したとき、空はすでに夕方の色に染まり始めていた。

 門番たちは必要以上に視線を合わせようとせず、形式的な動作で門を開ける準備を進めている。


 そのとき、背後から低い声がかかった。


「……本当に、行くのか」


 振り返ると、王太子レオニス殿下が立っていた。

 人目につかないよう、城壁の影に身を寄せている。


「この状況で、行かない選択肢があるように見えますか?」


 私の言葉に、彼はわずかに眉を寄せた。


「これは、国の判断だ」


「ええ。だからこそ、あなた個人の感情は必要ありません」


 一瞬、沈黙が落ちた。

 彼は何かを言いかけて、口を閉ざす。


 やがて、低く抑えた声で告げた。


「……街道は使うな」


 その一言で、すべてを察した。


「森を抜けろ」


 続く言葉に、確信へと変わる。

 街道には、私が“事故死”するための仕掛けがある。

 盗賊か、刺客か、あるいは魔物の誘導か。


 森なら、どうなるか分からない。

 だからこそ、都合がいい。


「忠告、ありがとうございます」


 それ以上の言葉は、必要なかった。

 王太子は小さく頷き、私から視線を逸らした。


 城門が開く。


 その音は、私が王国の内側から完全に切り離される合図のように響いた。


 外に出ると、冷たい風が頬を打った。

 護衛も、馬車も、同行者もいない。


 私は完全に一人だった。


 それでも、不思議と恐怖はなかった。

 胸の奥で、長い間抑え込んできた何かが、静かに目を覚まし始めていたからだ。


 ――彼らは、勘違いしている。


 私を追放すれば終わると思っている。

 私が、ただの「都合の悪い令嬢」だと信じている。


 だが、違う。


 私は城門を背に、ゆっくりと歩き出した。


 ここから先は、

 王国の想定外だ。

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