第2話 裁きの名を借りた排除

婚約破棄の翌朝、私は王城西棟の奥にある小会議室へ呼び出された。

 窓は高く細く、外の光はほとんど差し込まない。壁の装飾も最低限で、格式よりも実用性だけを優先したような部屋だった。ここが話し合いの場ではなく、すでに決まった結論を読み上げるための場所であることは、扉をくぐった瞬間にはっきりと分かった。


 長机の中央には王太子レオニス殿下が座っていた。

 その左右には、王国貴族派の重鎮が二名。さらにその隣には、教会を代表する高位聖職者の姿がある。

 昨日の舞踏会とは打って変わり、誰の顔にも感情は浮かんでいなかった。


 ――ああ、やはり。


 これは私個人の問題ではない。

 国家としての「処理」だ。


「エリシア・フォン・クラウス」


 名を呼ばれ、私は一歩前へ出た。

 床に敷かれた絨毯は柔らかいはずなのに、足元から冷気が這い上がってくるように感じる。

 視線は集まっているが、そのどれもが私を見ていなかった。見ているのは、結果だけだ。


「伯爵令嬢リリアーナに対する長期的な嫌がらせについて、異議はあるか」


 問いは形式的で、声には起伏がない。

 反論を期待していないことが、逆に分かりやすかった。


 証拠は提示されない。

 書類もない。

 証人を呼ぶ気配すらない。


 すでに結論が出ている裁定に、私を立たせているだけだ。


「……ありません」


 そう答えると、教会の聖職者が満足そうに小さく頷いた。


「反省の色が見られませんな」


 その言葉に、内心で小さく息を吐く。

 弁明の機会すら与えられていない者に反省を求める。

 なんと都合のいい論理だろう。


 短い沈黙の後、王太子が口を開いた。


「よって、エリシア・フォン・クラウスを――国外追放とする」


 あまりにも早い。

 まるで、この言葉を口にするためだけに全員が集められたかのようだ。


 さらに続けて告げられたのは、本日中に城を出ること、そして護衛は付けないという条件だった。


 その瞬間、私は完全に理解した。


 これは罰ではない。

 更生を期待した処分でもない。


 王国から切り離すための排除だ。


 生き延びるかどうかは、私次第。

 あるいは、運次第。


 私は深く一礼した。


「承知いたしました」


 その言葉に、誰も驚かなかった。

 ただ一人、王太子だけがわずかに視線を逸らした。


 彼は分かっている。

 この裁定が、私の罪によるものではないことを。


 会議室を出るとき、背後から扉が閉まる音がした。

 その音は、まるで王国との縁を断ち切る合図のように重く響いた。


 ――ここから先は、私の領分ではない。

 彼らが恐れた理由を、私自身が証明することになる。

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