第10話

かつての煌びやかな鎧はボロボロになり、泥にまみれた陽色皐月が、震える手でギルド『データベース』の重厚な門を叩いた。 その背後には、同じくズタボロの工藤と烏丸、そしておろおろと立ち尽くす楓がいる。


「……いた。一紡! 出てきなさいよ!」


陽色が絶叫する。その腰にあるのは、もはや白銀の輝きを失い、ふにゃふにゃと風にそよぐ「赤い紙の束(元・聖剣)」だ。 門が開くと、そこにはエプロン姿の元・飯炊き係の屈強な大男と、おどおどしたダークエルフの少女、そしてむらさきを侍らせて椅子に深々と座る紡がいた。


「あら、これはこれは。……『#初心者』の方々が、何の御用かしら?」


紡の無機質な声に、陽色の顔が真っ赤に染まる。


「あんたのせいでしょ! この剣も、私たちのレベルも……全部あんたが何かしたんでしょ! 元に戻しなさいよ、このゴミ女!」


(ハリセンだけど、固定タグの聖剣の効果は外れてないわ。ただの実力不足を人のせいにするなんて)

 

喚き散らしながら詰め寄る陽色。 それを見つめる紡の瞳が、わずかにピントをずらした。


紡はゆっくりと立ち上がると、無防備に陽色の前まで歩み寄った。


「あんまり大きな声を出すと、脳のメモリが勿体ないわよ。……仲直りの握手でもしましょうか?」


「はあ!? 今更何言って……っ!」


陽色は反射的に、差し出された紡の手を払いのけようとして――逆に、がっしりと掴まれた。


(――書き換え(オーバーライド))


紡の指先から、冷たいノイズのような魔力が陽色の手の平を通じて全身へ駆け巡る。


『#黙』 + 『#口』


「がっ、あ……っ!? ぁ……」


陽色が悲鳴を上げようとして、目を見開いた。 口は開く。喉も震える。だが、そこから漏れるのは「無音」声帯の振動を『#無』に置換したのではない。彼女の「発言」という出力機能そのものをシステムから切り離したのだ。


「陽色!?」 「おい、何したんだよ!」


工藤と烏丸が加勢しようとしたが、紡の背後に立つむらさきが、獣のような鋭い眼光で彼らを射抜いた。それだけで、二人の足は石のように固まる。


「……静かになった。これでやっと会話(デバッグ)ができるわね」


にやりと、悪い顔が板についてきたゆっくりと、編集タグを操作する。#初心者マークをつける。


「お、俺は最初から陽色は勇者に向いてないと思ってたんだ。なあ、烏丸?」


「そうそう、俺たちにのまえ派だから」


それを華麗に無視し、ゆっくりと人差し指を持ち上げる。


「さて、楓。……あんたには、タスクを与えるわ」


紡は、怯える外村楓を指差した。


「この騒がしい初心者(チュートリアル)たちの管理、あんたに任せる。一から徳を積ませて、まともな人間に育て上げなさい」


「え、ええっ!? 私が、陽色さんたちを……?」


「そう。これは決定事項よ。もし、この連中のうち誰か一人でもまた『#不快』な行動をとったら……その時は、連帯責任で全員の『#存在理由(パーパス)』を消去(デリート)するから」


紡は支配者の顔を覗かせた。陽色は声の出ない口をパクパクとさせながら、絶望に膝をついた。


(今は魔力が足りなくてできないけど)


内心舌を出す。


紡が、おどおどする楓の頭上に指を滑らせる。


「楓、あんたの『#臆病』ってタグ、代わりに……これでも貼っておくわ」


紡が空中に描いたのは、禍々しくも美しい【#鬼+#教】の二文字。

 

「え……? ぁ、なんだか……陽色さんたちが、すごく『小さく』見えます」


楓の瞳から怯えが消え、代わりに冷徹な光が宿る。手にしたハリセン(元聖剣)を、パンッ!と地面に打ち付けた。地鳴りがする。ハリセンはハリセンでもそれ、聖剣だから。


「陽色さん、工藤君、烏丸君。……まずは庭の草むしり1万回から始めましょうか。終わるまで、ログアウト(睡眠)は禁止です」


声の出ない陽色たちが、恐怖に顔を歪めて首を振る。


「人格まで変えちゃっていいんですか?」


むらさきが小声で囁く。


「いいのよ。積もり積もって落とすべき埃があるのよ」


庭からは、楓が振り下ろすハリセンの乾いた音と、かつての「勇者」たちの無様な泣き言が響き始める。


紡はそれを子守唄代わりに、むらさきが淹れたお茶を一口啜った。


「……さて、邪魔者も消えたし。今度こそ、昼寝の時間ね」


彼女の指が最後に空中で跳ね、自分自身の頭上に『#続』のタグをそっと増やした。




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『#二度寝したいので世界を編集します。勇者の聖剣を#紙(ハリセン)に変えて追放されました』 @jutomofumofu

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