第6話


「おばあちゃん大丈夫?」


 道中、座り込むおばあちゃんがいた。周りは自分のことで手一杯だというようにおばあちゃんの存在を消している。背中をさすってあげるむらさきは、おばあちゃんを背負った。


「むらさき…」


「ごめんなさい、勝手をするけど許して」


うるうると見つめられると、これ以上は何も言えなかった。


「おばあちゃん、お家わかる?」


おばあちゃんのタグには特に異常は見えない。5秒タッチして、#綿にする。

 

「……っ!?」


おばあちゃんを背負い直そうとしたむらさきの肩から、ガクンと力が抜けた。 さっきまで「人間の重み」として感じていたはずの圧力が、一瞬で消えたのだ。まるで、背中に高級な羽毛布団の束でも乗せているような感覚。


おばあちゃんのタグ:『#老体』『#迷子』  ↓(上書き) 『#綿の重さ(一時的)』


「む、紡さん……? おばあちゃんが、信じられないくらい軽いです。重力がおかしいっていうか、これ、もう羽が生えてるんじゃないかってレベルで……」


むらさきは、じとりとした目で紡を振り返った。


「あんたの『自己犠牲』という名の無駄な筋力消費をカットしただけよ。……何よ、その目は」


「……いえ。やっぱり紡さんは、優しいのか合理的すぎるのか分かりません」


「後者よ。……おい、綿(おばあちゃん)。家はどっち?」


紡の容赦ない問いかけに、背中で「ふがふが」と震えていたおばあちゃんが、羽毛のような軽やかさで指をさした。


「あ、あっちの、赤い屋根の……。なんだか、急に体が浮いているようで、極楽浄土へ行く前触れかしら……」


「死なせないわよ。そこまで運ぶのが二度手間になるから。……さあ、むらさき。綿が飛んでいかないうちに運んでしまいなさい」


「綿って言わないでください!」


むらさきは苦笑しながらも、軽くなったおばあちゃんを背負って走り出した。 普通なら息が切れるはずの距離だが、今の彼の身体能力と「綿」の重さなら、散歩同然だ。


そんな二人の背中を見ながら、紡はひっそりと、自分の指先に残る「書き換え」の反動(微かな魔力の痺れ)を、ポケットの中で馴染ませた。


(「#綿」……画数が少なくて助かったわ)


おばあちゃんはただのお騒がせおばあちゃんらしい。若者を試しているのだとか。しかし寝食を提供してくれて、ゆっくりと寝られた。

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