第3話 雨上がりに触れた温もり
温もりが伝わる
指先の 腕の中の
そして瞳の奥の
あなただけが持つ温もりの温度
隣にいるのにいつも少し遠くて
少し遠くにいるのに安心出来るの
矛盾しているって分かってる
それなのに
それがあなただというだけで
すべてが自然だと思えてくる不思議
初めて風景以外の写真を撮った私は、まだ胸のどこか奥の方がザワザワとしていた。
暗室の片付けを終え部室に鍵を掛ける。そのまま下駄箱に向かうと、先客の姿が見えた。
「高橋君?」
私の声に振り返った彼は、視線を逸らし一瞬困ったように眉を寄せた。
その一瞬の表情に、私のこと、やっぱり嫌いなのかもって思ったけど、心の呟きには気づかないふりで更に声を掛けた。
「もしかして今帰り?」
「あぁ」
「私も。じゃあせっかくだから一緒に帰らない?」
「あぁ」
彼の返事はあまりに短くて、そこから感情が読めない。
けど、断られなかったことに少し安堵して、私は隣に並んで歩き始めた。
つい先程の道着姿とは別の、制服姿の彼に何だか違和感を感じた。
おかしいな、だって普段見慣れているのはこの制服姿。見慣れていないのは道着姿の筈なのに。
何で違和感なんて感じてるんだろう、私。
「どうかしたのか?」
背中から優しい声が聞こえた。
「え?」
「あぁ、何だか考え込んでるみたいだったから。何かあったのかと思って」
-いつもそうだったじゃないか。何かあるとすぐに抱え込んでしまうの、悪い癖だぞ-
「あ、ううん。何でもないの。ちょっとぼんやりしちゃった」
知らないうちに考え込んでしまっていたみたい、高橋君に変に思われなかったかなって少し焦って誤魔化して、話題を逸らした。
「あ、それよりも高橋君。剣道部に入ったの?」
「何で?」
「さっきね、体育館で練習してるの、見ちゃったんだ」
「そうか-」
彼の表情が揺れたように見えた。
私は彼との距離が遠くなってしまうような気がして、慌てて言葉を重ねた。
「高橋君て姿勢がすっごく良いし、構え方も力が何処にも入っていなくて自然だし、竹刀の振り下ろし方もとっても自然だし、それなのに隙が全くなくって・・・あれ?私、剣道のことなんて何にも分かってないのに、何でこんな分かったようなこと言ってるんだろ。あ、でもね、素人の私から見てもとっても素敵だなって分かるくらい、高橋君は凄いってことだよね、うん」
何故か弁解するみたいに、私は言葉を並べ立てた。
高橋君に嫌われているかもしれない、その気持ちを少しでも減らしたいと思った。
高橋君の好きなこと、興味のあることなら、もしかして話をしてくれるかもしれない。
私のこと、少しは嫌わないでいてくれるようになるかもしれない。
でも、私が並べた言葉を高橋君が引き受けてくれたような気配はなくて、余計不安になって振り返ると、私を見ている彼の視線とぶつかった。
彼からは何の返事もなかった。ただ黙って私の瞳の奥を覗き込んでいる、そんな感じだった。
怒っているんじゃない、だってとっても優しい温かい眼差しだったから・・・
今なら聞けるかもしれない-私は手のひらを胸の前でぎゅっと握って、それから立ち止まって振り返って、一大決心が鈍らないようにするためにすかさず口を開いた。
「・・・あの、ね・・・私のこと・・・」
嫌いなの?
そう聞きたかったのに、振り向いた時に昼まで降っていた雨でぬかるんだ地面に足を取られた。
ふわっと身体が宙に浮くような感覚。このまま地面に落ちてしまうと思って目を瞑ったけど、身体への衝撃は何もなくて、その代わりに温かいぬくもりに包まれた気がして、恐る恐る目を開けた。
すぐ目の前に彼の顔があって、至近距離で目が合って、その瞬間に色んな事を察知した。
滑って転びかけた私の身体を彼が支えてくれたこと。今、私は彼の腕にいるのだということ。
ーそしてこの腕の温もりをずっと前に感じたことがあるような気がしていた。
その瞬間、慌てて彼の腕から飛び出すと
「あはは・・・私ってそそっかしくって困っちゃう、ホントに・・・」
恥ずかしさを誤魔化すように笑いながら、それでもいたたまれなくなって両頬を自分の両手で包み込みながら
「・・・ありがとう、助けてくれて」
と小さ呟いた。
「・・・ありがとう、助けてくれて」
その言葉を聞いた彼は、少し驚いたように一瞬だけ目を見開いた後、直ぐに目を逸らした。
「いや、別に」
そう言って少しだけ笑った。
笑っているのにちょっとだけ泣いているようにも見えた。
笑顔が泣き顔に見えるなんておかしいけれど、私には何故かそう見えた。
「怪我がなくて良かった」
彼の指先が、私の頬に触れ、すぐに離れた。
「-ごめん、今ので跳ねた泥が付いてた」
一瞬触れただけの彼の指先がとても優しくて、そしてそれを嬉しく思った。
優しくて不器用な人ーこんな風にまた、彼の笑顔を見たいと思った。
次回更新は12月30日(火)22時の予定です。
次の更新予定
花霞の頃、君がそこにいたー時を越えても、あなたを守りたかったー ことのは @kotonoha1118
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