第2話 彼方から揺らめく光のかけら
音のない世界で二人きり
あなたの振り下ろす竹刀の音に
道着の擦れる乾いた音に
床に踏み出す一歩の音に
キラキラとした光のシャワーが揺れる
音のない世界
それなのに-
私の心だけがとてもお喋り
私は光が好きだ。
朝日、夕日、時間によって色も揺らぎも変わる太陽。
色鮮やかな緑の傘の隙間から零れる木漏れ日。
水面に反射して煌めく輝き。
どの光にも温度があって、どの光にも安らぎがある。
一眼レフを構えてゆっくりピントを合わせると、キラキラと煌めく光が踊る。
午前中の雨のお陰か、傘の緑がいつもより艶めいて、光が更に反射して見えた。
まるで光のダンスみたいだなと思いながら、木漏れ日の光にシャッターを切った。
シャッターの音が今日はやけに耳に響くと思ったら、
隣の体育館からいつも聞こえてくるボールの弾む音も、揃った掛け声も聞こえない。
「今日ってバスケ部の練習休みなのかな?」
大きく開いた体育館のドアから中を覗くと、珍しく人の気配のない広いフロアが目に入った。
「だよね、だから今日はこんなに静かなのか・・・」
と、踵を返して立ち去ろうとした背中に、空気を切り裂くような音が聞こえたような気がして立ち止まった。
振り返ってもう一度広いフロアを覗くと、一番奥の一番隅で竹刀を振っている生徒がいるのが目に入った。
(一人で練習?それとも居残りさせられてる?)
ちょっとした好奇心でカメラを構えた。
一眼レフのレンズ越しに、居残り生徒へピントを合わせると、
「・・・高橋君?」
そこには教室のお隣さんの姿があった。
すぐに分かった。居残りなんかじゃない。
そこに立つのはまるで凜とした一人の侍の姿だった。
彼は真っ直ぐに立ち、竹刀を構えてただ前を見据えていた。
ただ、それだけ。
それなのに次の瞬間-
「来る・・・」
私は何故か小さく呟いていた。
そしてその呟きと同時に、彼が一歩を踏み出して竹刀を振り切った。
「あれ?どうして?」
来るって何だろう?
自分で言った言葉なのに、意味が分からなかった。
高橋君は私に気づくことなく、真っ直ぐに立ち前を見据えて竹刀を振り切る。
それを何度か繰り返していた。
時折竹刀を構えた時に、天窓から零れ落ちる光が反射して揺らめいていた。
そしてその光を帯びた刃が瞬間の空気を切る音に、胸の奥をノックされているような気がした。
ノックに答えるように、私は瞬きすることすら忘れ再びレンズを彼に向けた。
そして今度は、光の刃が空気を切る音に合わせてシャッターを切った。
この一瞬の永遠を切り取りたいと思った。
どうして切り取りたいの?切り取ってどうするの?
私は再び自問自答したけれど、答えはどこからも帰って来なかった。
今日は何だかいつもと勝手が違うことばかり。体育館にバスケ部はいないし、静かだし、初めて見た筈の高橋君の動きの瞬間が分かっていたような感覚があったし・・・
それにどうして、私はシャッターを切ったんだろう。
そう、それが一番不思議だった。
私は写真部に入部して以来、人を撮ったことがなかった。
いつも風景を撮っていたのだ。光のある景色-それが私の好きな構図なのに。
高橋君は素振りを止めると、その場に正座して姿勢を正していた。
膝の上に手を添えて、目を閉じて息を整えていた。
彼の黒い髪にも、天窓から光が零れ落ちていく。
キラキラと、揺らめく。
そんな彼の姿を見て、先程感じた疑問が、何故か分からない不安が一つ一つ消えて、
いつの間にか私の気持ちは落ち着きを取り戻していた。
その日の放課後、暗室に入って現像液にフィルムを沈めた。
赤い光の中で、ゆっくりと像が浮かび上がっていく。
最初に見えたのは、竹刀を振り下ろしながら一歩を踏み込む高橋君の姿。
竹刀に沿って、細く揺らめく光の線が流れていた。
あの瞬間の空気を切った光が、
現像液の中で静かに形になっていく。
胸の奥がまた、そっとノックされた。
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