花霞の頃、君がそこにいたー時を越えても、あなたを守りたかったー
ことのは
第1話 季節が動き始めるとき
目の前に現れたその人は
初めて会った筈なのに
ずっと前から知っているような気がした
それがどうしてなのか
分からなかった
たった一つ
胸の奥で静かに分かったことは―
この出逢いが私の季節を変えてしまう、ということ
始業式の日。
彼は担任に伴われて教室に姿を見せた。
とても姿勢が良くて落ち着いた雰囲気で、制服を着ているのに鎧を身に纏っているように見えた。
担任からの紹介に、彼は深く頭を下げた後、真っ直ぐに前を見ながら
「よろしくお願いします」
と、必要最小限の挨拶をした。
低くて温かい声だった。
穏やかで誠実そうな雰囲気なのに、瞳の奥には一筋の炎が宿っているような、何があっても揺るがない意志の強さを持ち合わせているような、そんな正反対な印象を併せ持つ人だと思った。
そして何より不思議に思ったのは、彼を見た時の私自身の気持ち。
ずっと逢いたいと思っていたような、ずっと待っていたような・・・
目の前にいる人なのに、本当はずっとずっと遠くにいる人、逢えるはずのない人、接点を持つことの出来ない人・・・
なんて・・・何でそんな風に思うんだろう、どうしてそんな風に感じるんだろう・・・
自分の中でも説明出来ない、初対面の人に感じるとは到底思えない気持ちを感じた。
そして何故なのかは分からないけど、私はその気持ちを当たり前だと思ったのだ。
「じゃあ席に着いて下さい」
担任の声に促された彼は、皆に向かって一礼すると歩を進めた。
私の隣を通り過ぎる際に目が合ったが、彼は表情を変えないまま小さく頭を下げた。
私は慌てて椅子に座り直して姿勢を正すと、同じように小さく頭を下げていた。
休み時間になると彼の周りに皆が集まってきて、自己紹介やら質問やらを投げかけた。
「私、木付です。よろしくね」
「俺は田原。んで左回りに柴田、佐伯・・・」
と、田原君は順に左周りに指を指しながら次々と紹介し、最後に私の前で指を止めた。
「そんでもってお前の隣にいるのが斎藤」
「斎藤・・・何?」
「あぁ、名前か。蛍だよな?斎藤?」
「あ、うん。斎藤蛍です。よろしくね」
私はそう答えながら、隣の席の彼に視線を向けた。
-蛍。
あの時に見た光。不規則で頼りなく、けれど美しく輝く光。
また逢えた-
彼は何か言いたそうな感じに見えたけれど、特に何かを言う訳でもなく周りのみんなに「これからよろしく」と返事を返した。
高校2年になって、だから何が変わる訳じゃないけれど、新しいクラス、新しい先生…そして新しい出逢い。幸せの予感と同時に、
転校生の彼。名前は高橋君。高橋…千寿君。
初めて聞く名前なのに、胸がざわりと揺れた。
「ところでさ、高橋って部活は何かやるのか?」
「部活?」
「あぁ、お前スポーツやってんだろ?身体のバランス良いもん。特別ガタイがいい訳じゃねぇのにさ、筋肉の質が良さそうっていうかさ・・・」
そう言って彼は高橋君の腕を掴んだ。
その瞬間、高橋君の腕がぐるんと回転したように見えたと思ったら、田原君の身体は机の上で高橋君に抑えられていた。
あっという間の出来事だったから、何が起こったのかきっと誰も分からなかったと思う。
「痛ってててて・・・」
その声にハッとしたように、高橋君は自分の手を放して田原君の身体を解放した。
「すまない。条件反射でつい・・・」
申し訳なさそうに頭を下げると、
「いや、急に腕を掴んだ俺も悪ぃんだから気にすんな」
田原君はあっさりと流してくれたようだった。それに合わせたように
「そりゃ田原に急に腕捕まれたら誰だって警戒するよ。だって柄悪ぃもんよ」
「でも高橋君の身のこなし、かっこ良かったよね。さしずめ泥棒を取り押さえた警察みたいな?」
「ぽいねー。そんな感じしたー」
で、周囲が笑い出したから、私も思わず笑ってしまった。
手のひらを軽く握って人差し指で口元を隠しながらー。
小さくクスクスって。
-君はいつだって、そうやって恥ずかしそうに小さく笑ってた。
俺はいつだってその笑顔が見たくって。見たくって。
それなのに何故、ようやく見られた笑顔なのに
どうして心が痛いんだろう-
ひとしきりみんなで笑った後、ふと視線を感じてそれを辿った。
高橋君がじっと私を見ていた。
だけど目が合った瞬間に逸らされてしまった。
・・・私、初対面にして、嫌われてしまったのかな。そう考えたら少し哀しくなった。
その時、私はまだ知らなかった。彼がどうして私の視線を避けたのか-
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