第8話 言葉

ネクサス・ワークスとの契約は、成立しなかった。


正式採用の通知は届かず、

代わりに短い報告書だけが残された。

標準モデルと比較して、数値で優位性を示せない。


結論としては、

予想どおりだった。


それでも、

恒一は不思議と落胆していなかった。


合理的な判断だと、

理解できていたからだ。

この社会では、

それが正解なのだ。


恒一は作業場に戻った。


薄暗い空間。

油の匂いと、金属の冷たさ。

変わらない光景が、

そこにはあった。


工具を手に取り、

作業台の前に立つ。

この場所だけは、

世界の速度から取り残されている。


「ユノ」


「はい」


ユノは、

いつもと同じ距離で立っている。


「俺はな……昔の人間だ」


ユノは、

その言葉を遮らない。


「理解しています」


恒一は、小さく息を吐いた。


「効率が悪いって言われてきた」

「立ち止まるな、迷うな、

 結果だけ見ろってな」


若い頃の現場が、

一瞬だけ脳裏をよぎる。


「でも、人は……

 効率だけで働いてきたわけじゃない」


恒一は、

工具をそっと作業台に置いた。


金属が触れ合う、

小さな音が響く。


「迷って、止まって、

 それでも前に進んできたんだ」


その言葉には、

誰かを説得する力はなかった。

ただ、

自分自身を確かめるための言葉だった。


ユノは、

その音声を内部記録に保存する。


分類は、

業務指示でも、

学習データでもない。


だが、

削除対象には該当しなかった。


ユノは、

自分がなぜ“待つ”のかを、

もう疑わない。


恒一は、

再び工具を手に取る。


量産はされない。

評価表の上位にも載らない。


それでも、

この作業場で生まれるヒューマは、

誰かの隣に立つ。


立ち止まることを、

許すために。


恒一は、

それでいいと思っていた。

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