第7話 理由

数値評価は低かった。


試験採用のレポートには、

明確な結果が並んでいる。

処理速度は標準モデルを下回り、

判断保留による工程遅延が記録されていた。


効率という指標だけを見れば、

ユノは「改善の余地があるヒューマ」だった。


だが、

現場の声は違った。


報告書の末尾に、

自由記述欄があった。

本来、重要視される項目ではない。

多くの場合、

形式的な言葉が並ぶだけの欄だ。


そこに、

短い文章がいくつも残されていた。


「助かっている」

「安心して任せられる」

「一緒に働きやすい」


理由は詳しく書かれていない。

数値も根拠もない。

ただ、

現場で働いた人間の実感だけが、

素直な言葉で記されている。


ある作業員は、こう書いていた。


「判断が遅いと感じた場面もあった。

 だが、そのおかげで確認できた箇所がある。

 結果的に、やり直しが減った」


別の作業員は、

少し迷いながら、

次の一文を残していた。


「説明は難しいが、

 焦らなくていいと思えた」


それは、

どの基準にも存在しない評価だった。


処理速度にも、

判断精度にも、

エラー率にも反映されない。


だが、

現場では確かに共有されていた感覚だった。


人は、

常に最適解を求めているわけではない。

自分が納得できる判断を、

自分の足で踏み出したいのだ。


ユノは、

それらの言葉を一つずつ読み取る。


感情解析の結果は、

すべて「安定」を示していた。

作業中の脈拍変動は小さく、

操作ミスは減少している。


数値は、

言葉の裏側で、

静かにそれを裏付けていた。


ユノは、その事実を内部記録に保存する。


最適解よりも、

納得が先にあること。


効率の外側に、

人が働く理由が存在すること。


それは、

設計ログには書かれていなかったが、

確かに現場に存在していた答えだった。


ユノは、

その答えを削除しない。


自分が立ち止まった理由が、

ここにあったからだ。

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