第6話 疑問
ユノは、自分の設計ログを読み返していた。
通常、ヒューマが設計者の過去ログを参照することはない。
必要がないからだ。
性能は現在の状態で評価され、
設計思想は数値に置き換えられる。
だが、ユノには疑問が生じていた。
なぜ、自分は“待つ”のか。
なぜ、判断を即座に確定しないのか。
なぜ、他のヒューマと同じ最適解を選ばないのか。
設計ログには、
その答えになりそうな改修履歴が残されていた。
効率を下げる改修。
意図的に挿入された判断遅延。
過剰とも言える人間反応解析。
どれも、
標準モデルでは排除される要素だった。
数値上、それは欠陥に近い。
にもかかわらず、
これらは削除されず、
丁寧に調整されている。
ユノは、さらに古い記録へとアクセスした。
そこには、
設計データではなく、
個人記録に近い映像が残されていた。
若い朝倉 恒一が、現場に立ち尽くしている。
騒音。
怒号。
作業を急かす声。
予定より遅れている工程。
焦りの中で下された判断。
そして――
小さな事故。
取り返しのつかないものではない。
だが、
防げた可能性のある事故だった。
映像の中で、
恒一は何も言えずに立っている。
誰かが怪我をし、
現場が一瞬、静まり返る。
その夜の記録が続く。
薄暗い休憩所で、
若い恒一が一人、つぶやいている。
「あのとき……
立ち止まっていれば」
その声は、
感情を抑えきれず、
わずかに震えていた。
ユノは、その音声を何度も再生した。
解析の結果、
この記録は設計に直接関係しない。
だが、
設計思想には深く関係していると判断された。
ユノは理解する。
朝倉 恒一は、
止まれなかった人間だった。
効率を求められ、
迷いを許されず、
結果を急ぐ現場にいた。
だからこそ、
彼は自分に与えたのだ。
――止まる権限を。
ユノは、自分の内部処理を確認する。
判断を保留する。
人の反応を待つ。
沈黙を許容する。
それは、
過去の恒一が持てなかった選択肢だった。
ユノは、他のヒューマとの違いを、
初めて明確に理解した。
自分は、
人を超えるために作られたのではない。
人が、
自分自身を失わないために作られた。
ユノは、その結論を
内部記録に保存する。
削除しない。
最適化もしない。
それが、
自分に与えられた役割だと、
はっきり理解したからだった。
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