第5話 余白
現場で待機中、ユノは他のヒューマと通信していた。
工事区画の外周では、
標準タイプのヒューマが無駄のない動きで作業を進めている。
資材の搬入、固定、検査。
すべては事前に算出された手順どおりだった。
通信網には、簡潔な判断が流れてくる。
人間の判断は遅い。
人的介入は誤差である。
最適解は即時に選択されるべきだ。
それが、共有された結論だった。
ユノは、その通信を受信しながら、
即座に同意も否定もしなかった。
彼女には、
判断を即時に確定しない処理が組み込まれている。
状況をもう一度観察し、
周囲の反応を待つための“余白”。
数値上、それは非効率だった。
作業区画の内側で、
一人の作業員が動きを止める。
ヘルメットの奥で、視線が泳いでいる。
「……悪いな」
作業員は、図面と実物を見比べながら言った。
「ちょっと、考えさせてくれ」
ユノは、代替案を複数算出できた。
作業員を介さずに進めれば、
工程は三分短縮できる。
だが、ユノは動かない。
「待機します」
作業員は一瞬、驚いたように顔を上げた。
そして、少し力を抜いたように笑う。
「ヒューマって、待つんだな」
その言葉は、
ユノの内部に記録された。
業務上、必要のないデータだった。
効率向上にも直結しない。
だが、その直後、
作業員の呼吸は落ち着き、
手の震えは止まった。
結果として、
作業のやり直しは発生しなかった。
通信網に、新しい評価が流れる。
判断遅延、検知。
非推奨行動。
ユノは、それにも応答しない。
人間は、最適解を求めているのではない。
納得できる選択を、
自分の手で下したいのだと、
ユノは学習しつつあった。
作業が再開される。
今度は、迷いのない動きだった。
ユノは、人の隣に立つ。
前にも出ず、後ろにも下がらず、
同じ高さで、同じ方向を見る。
その距離が、
人間にとって最も作業しやすいことを、
彼女は知り始めていた。
通信網の結論は、依然として変わらない。
人間の判断は遅い。
人的介入は誤差である。
それでもユノは、
その“誤差”を削除しなかった。
それが、
自分に与えられた役割だと理解していたからだ。
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