第4話 標準
(試験採用)
会議室を出たあと、
朝倉 恒一は廊下のベンチに腰を下ろしていた。
ガラス張りの通路の向こうでは、
標準タイプのヒューマが整然と並び、
出荷準備のチェックを受けている。
同じ形、同じ動き、同じ反応。
無駄のない光景だった。
ネクサス・ワークスは、
こうして社会を支えてきたのだと、
恒一はあらためて思う。
正しい。
合理的だ。
そして強い。
だからこそ、
自分のヒューマがここに居場所を持てるとは、
最初から期待していなかった。
「朝倉さん・・・」
声をかけられ、顔を上げると、
霧島が立っていた。
相変わらず表情は読めない。
「一点、確認があります」
「はい!」
「このヒューマは、判断を保留することがありますね」
「あります」
「標準モデルでは、排除している挙動です」
恒一は頷いた。
「事故を避けるためです」
霧島は、わずかに間を置いた。
「現場からのフィードバックでは、作業者のミスが減っている」
恒一は、霧島の顔を見る。
だが、その視線はすでに資料へ戻っていた。
「数値上の効率は、標準モデルに劣ります」
「ええ」
「ですが、一部の現場では、結果として稼働が安定している」
霧島の声には、
評価も否定も含まれていなかった。
「ネクサス・ワークスは、原則として標準タイプを採用します」
それは、この会社の揺るがない前提だった。
「ただし、」
霧島は、そこで言葉を切った。
「例外が、まったく不要だとは考えていません」
恒一は、何も言わない。
「試験採用という形で、数体、現場に投入します」
淡々とした口調だった。
「条件は、評価はすべて数値で行うこと」
「異議はありません」
霧島は短く頷いた。
「結果が出なければ、そこで終わりです」
恒一は、それも分かっていた。
それでも。
「……ありがとうございます」
霧島は、すでに次の案件へ意識を移している。
「これは、あなたの考えを評価したわけではありません」
「現場データの話です」
「承知しています」
霧島は一度だけ足を止め、
振り返らずに言った。
「試験採用です」
それだけだった。
恒一は、その言葉を胸の中で繰り返す。
試験採用。
正式でも、否定でもない。
だが、
完全な拒否でもなかった。
恒一は、
静かに立ち上がった。
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