第3話 評価

ネクサス・ワークス本社の会議室で、

朝倉 恒一は静かに説明を終えた。


壁一面のスクリーンには、

ヒューマの稼働データが映し出されている。

処理速度、判断精度、エラー率。

どれも標準モデルを上回る数値だった。


ネクサス・ワークスは、

ヒューマ製造の最大手である。

街で見かける標準タイプの多くは、

この会社のラインから生まれていた。


大量生産。

安定供給。

均一な品質。


それが、この社会を支えてきた。


一方で、ネクサス・ワークスは

「例外」を完全には切り捨てていなかった。

標準を超える性能を持つヒューマ。

特殊な現場に対応する高性能モデル。

そうした存在を売り込む技術者も、

ごくわずかだが、採用している。


だからこそ、

恒一はここに呼ばれていた。


「このヒューマは、

現場判断を重視しています」


恒一の声は、

会議室の静けさに溶け込むように低かった。


採用責任者の霧島は、

恒一の方を見ない。

視線は終始、数値の並ぶ画面に向けられている。


「完全自律型ではありませんね」


「ええ」


「人的介入を前提にしている」


霧島は淡々と言葉を重ねる。


「非効率です」


それは評価というより、

事実の確認に近かった。


霧島は恒一を否定しない。

感情を交えない。

ただ、この社会の基準を口にするだけだ。


「この社会では、正解は数値で決まります」


「標準モデルは、そのために存在している」


恒一は、何も言わなかった。


若い頃なら、

現場での経験を語ったかもしれない。

数字に現れない判断の重みを、

必死に説明しようとしただろう。


だが今は、

その言葉がここでは届かないことを、

よく分かっていた。


沈黙は、反論ではなかった。

理解だった。


恒一は、

この会社が間違っているとは思っていない。

ただ、

この場所が自分の居場所ではないことを、

静かに受け入れていた。

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