2:初?登校の波乱(4)

 視聴覚室でも、海斗は杏奈に腕をつかまれ、そのまま半ば強制的に隣の席へ押し込まれた。


「ここ、ここ! ショウは私の横!」


 抵抗する間もなく座らされ、海斗は苦笑するしかない。


 少し離れた列では、親友らしきアキトが、なんとも言えない複雑な——戸惑いとおふざけが混ざったような——表情を浮かべて小さく手を振っていた。


 一時間目は英語だ。


 里玖は英語担当のはずなのに、教壇には立たず、視聴覚室の後ろの隅に静かに腰を下ろしている。

 その姿を、海斗は視線の端でずっと追ってしまう。


 代わりにスクリーンの脇の小さな教壇に立ったのは、金髪をなびかせた外国人の女性だった。


「シャーロット先生。覚えてる?」


 杏奈がヘッドセットを装着しながら小声で囁く。当然、海斗はもちろん覚えているはずもない。


「ネイティブの先生だよ。今日は英会話の日」


 杏奈の補足を聞きながら、海斗も渋々ヘッドセットを耳に当てた。


 ヘッドセットから、シャーロット先生の明るい声が響く。


「ミナサン、マズハ、Skit ヲ ミテ クダサーイネ。アトデ、シツモン、アテマス」


 シャーロット先生の明るい声が、イヤーパッド越しに鼓膜を震わせる。

 スクリーンに映し出されたのは、日常の一コマを切り取ったような英語のショートドラマだった。


 他の生徒たちが眉間にややシワを寄せながら聞き入る中、海斗は拍子抜けしていた。


(……簡単すぎる)


 海斗はかつて自衛官として、業務上必要な英語を叩き込まれている。

 

 得意だとまではいえないが、業務に必要な英語は問題なくコミュニケーションできた。

 

 そんな海斗にとって、そのスキットはあまりにも初歩的だった。


 スキットには、いわゆる「アメリカン・ジョーク」特有のオチがついていた。

 けれど、教室の反応は冷ややかだ。誰も笑わない。


 内容を理解できていないのか、あるいは単にそのユーモアが教室の空気に馴染んでいないのか。


 海斗もまた、オチ自体は理解できたものの、後ろの隅に座る里玖の存在が気になり、笑う余裕などなかった。


「ソレデハ、アテテ イキマースネ。シュッセキバンゴウ1バン、Mr. アサクラ」


 自分が呼ばれたことに、海斗はまったく気づかなかった。


「ショウ、当たったよ!」


 杏奈に肘でつつかれ、ようやく“朝倉”が自分だと思い出す。


「あ、ハイ!」


 慌てて返事をすると、ヘッドセットからシャーロットの質問が流れてきた。


"What part of the skit did you find interesting?

(今のスキットで、どこが面白いと思いましたか?)"


 シャーロットの質問は生徒たちが理解できないことを想定しているのか、きわめてゆっくりとしたもので、かつ、たどたどしい日本語で


「ドコガ、オモシロカッタ デスーカ? English デ コタエテ ミテ クダサーイ」と繰り返した。


 海斗は一瞬だけ迷ったが、すぐに答えた。


「I think that was supposed to be the punchline, but… I didn’t really find it funny.

(あれがオチだったと思うんだけど……あんまり面白くなかったな。)」


 海斗が言葉を終えた瞬間、視聴覚室の空気が凍りついた。驚いたような視線が一斉に海斗へ向けられている。


 いや、凍りついたのは一瞬で、次の瞬間にはどよめきに変わった。


 シャーロット先生だけが、満面の笑みで親指を立てた。


「パーフェクト!」


「ショウ、かっこいい……!」


 隣で杏奈が頬を上気させて吐息を漏らし、離れた席からはアキトが身を乗り出してきた。


「すげっ。ショウ、いつの間にそんなにペラペラになったんだよ!」


 アキトが身を乗り出してくる。

 視聴覚教室内は一気に騒然となった。浮き足立つ生徒たちを鎮めるため、シャーロット先生は慌てて叫んだ。


「Be quiet! シズカに、シテクダサーイ!」


 そんな喧騒の渦中。


 後ろの隅で、里玖だけは微動だにせず、翔生の後ろ姿を見つめていた。 派手な金髪に染められた朝倉翔生の後頭部。


 ざわめきがしぼんでいく中、海斗はそっと里玖を振り返り、視線がぶつかる。

 

 ほんの一瞬だけ。

 

 海斗がそれを確かめようとした瞬間に、里玖は目をそらした。


 まるで、見てはいけないものを見てしまったかのように。


---------------

*あとがき*

お読みいただきありがとうございます。

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1日2回更新 11時20分すぎ・23時20分すぎ(目安)

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