第3話

「一番大事なのは名誉だ」

昨日、お父さんと喧嘩した時にそう言われた。

私は、これまでの人生が全て無意味だと、確信した。

全て親の愛だと、私の未来の為に言っているのだと、思っていた私が馬鹿だった。

今まで私が人以上に頑張ったのは、この家の名誉のため? 馬鹿馬鹿しい。

この、高校生までの16年間。

違う家庭に生まれていれば、どれほど充実した生活を送れただろうか。

友達を作って、大好きな絵を描いて、それから…。


その日の夜はずっと、来世のことだけ考えていた。

どうせ、明日に私がいなくても、本気で悲しんでくれる人なんていない。


あたしはちゃんと覚えてるんだから、絶対忘れないでよ!あおい!


…日向さん、悲しんでくれるかな。


八月二十三日。

夏の終わりと同時に、私は全てを投げ出して、花畑に来た。

立ち入り禁止の向日葵畑。

最期くらい、自分の好きなことをして死のうと、鉛筆とキャンバスを持ってきた。

周りには人気がなく、まるで自分の為に用意された花畑のように感じた。

もう、解放される。

そう思うと、鉛筆がキャンバスの上を華麗に滑る。

「出来た…かな。」

私が描いたのは、向日葵を持つ日向さん。

やっぱり、自由に描いた絵は一段と上手く見える。


これ見て思い出さない?あたしの名前。


…そういえば、なんであの時向日葵を持ってきたんだろう。

日向さんには好きな花のこと、一回も言った覚えがない。

それに、人の名前をちゃんと覚えられない私が、なぜ向日葵を渡されて思い出したのだろう。

まぁ…いっか。

今考えても、意味のないことだ。

私はポケットからカッターナイフを取り出した。

怖いなんて気持ちは一切無かった。

少し辺りを見回して、刃を首に触れさせた。

あぁ、来世は何に生まれ変わるだろう。

チーターにでもなって、草原を走り回りたい。

雀にでもなって、優雅に空を飛び回りたい。

もし人間だったら…そうだな。

地頭の良い人になって、大発見でもしたい。

冒険家になって、世界中を旅したい。

演技の上手い人になって、俳優になりたい。

歌が上手い人になって、歌手になりたい。

教えるのが上手な人になって、教師になりたい。

想像力豊かな人になって、小説を書きたい。

ダンサーになりたい。

宇宙飛行士になりたい。

アイドルになりたい。

社長になりたい。

芸人になりたい。

マジシャンになりたい。

ミュージシャンになりたい。

芸術家になりたい。

哲学者になりたい。

可能性は無限だ。

私は首に触れている刃を、ぐっと押した。

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23日の還り道 すずめ @suzume_2525

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