第8話 英雄たちの敗北
作戦会議室は、明るすぎた。
魔法灯が天井に並び、
壁には地図と魔物の進行予測が貼られている。
「問題はない」
中央に立つ男が言った。
王国公認英雄、
《紅剣》のディル。
「情報は揃っている。
数も、能力も」
周囲の冒険者たちが、うなずく。
スキル構成は完璧だった。
前衛、
後衛、
支援。
そして??
“理解”を取り入れた布陣。
「加速は、ここぞという時だけ使う」
「判断は、個別じゃなく共有」
「無理に前へ出ない」
それは、
どこかで聞いた理屈だった。
だが、
完全には理解されていない。
戦場は、平原。
魔王軍幹部級が現れる、
想定通りの場所。
「……来る」
索敵が告げる。
陣形が、動く。
前衛が踏み込み、
後衛が詠唱を始める。
理想的だった。
最初の衝突。
魔物が、
一歩だけ、踏み出す。
「今だ!」
加速。
紅剣が、
斬りかかる。
??外れた。
「……?」
一瞬の静止。
「次!」
二撃目。
わずかに、遅い。
三撃目。
魔物の反撃が、間に合う。
「防御!」
支援が叫ぶ。
強化が、重なる。
だが??
判断が、二重化していた。
スキルに頼る判断と、
共有された戦術。
どちらを優先するか、
迷いが生じる。
魔法が、
遅れて着弾する。
詠唱は正しい。
だが、位置がズレている。
「おい、距離が……!」
叫びは、間に合わない。
爆炎。
味方が、吹き飛ぶ。
「立て直せ!」
英雄が叫ぶ。
だが、
“立て直し”に必要な時間が、
すでに残っていなかった。
魔物は、
待ってくれない。
前衛が、倒れる。
支援が、追いつかない。
誰かが、呟く。
「……なんでだ」
答えは、
誰も持っていない。
戦場の外。
丘の上から、
若い騎士が見ていた。
彼は、
かつてレインの戦いを見たことがある。
(違う)
(同じことをしているはずなのに)
(“分かっていない”)
その差が、
致命的だった。
撤退命令。
だが、
全員は戻れない。
魔王軍幹部は、
無傷で立っている。
夜。
治療幕の中。
ディルは、
剣を膝に置いていた。
刃は、欠けていない。
「……俺たちは、
強かったはずだ」
誰も、否定しない。
だが、
肯定する者もいない。
「スキルを使うな、
という話じゃなかった」
ディルが、呟く。
「理解しろ、
という話だった」
だが??
「理解した“つもり”が、
一番危険だった」
それが、
この敗北の正体だった。
幕の外。
兵士が、走り込む。
「……例の男が」
言い淀む。
「“スキルを持たない”冒険者が、
単独で魔物を討ったと」
沈黙。
誰も、喜ばない。
ディルは、目を閉じた。
(同じ場所に、
立っていない)
(追いつけない)
それを、
初めて認めた。
夜空には、
星が出ていた。
静かで、
残酷なほど。
英雄たちの敗北は、
まだ、世界に知られていない。
だが??
世界が追いつけない存在がいる
という事実だけが、
確かに残った。
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