第7話 人外領域
朝と夜の区別が、曖昧になっていた。
森の奥。
人の通らない獣道のさらに外れで、レインは剣を振っている。
一振り。
二振り。
呼吸は乱れていない。
腕も、重くならない。
(……おかしい)
それを異常だと判断できたのは、
まだ「人間側」に意識が残っていたからだった。
追放されてから、何日経ったのか分からない。
依頼はない。
支援もない。
戦って、休み、また戦う。
ただそれだけの生活。
それでも??
生き延びている。
魔物が現れる。
大型。
単独。
以前なら、退いていた相手だ。
レインは、足を止めなかった。
(距離、三歩)
次の瞬間には、もうそこにいる。
剣が動く。
意識より、早く。
魔物の爪が、肩を掠めた。
皮膚が裂け、血が出る。
「……」
声は出なかった。
(浅い)
判断は、それだけ。
剣を返し、心臓を断つ。
倒れた魔物を見下ろしながら、
レインは肩に触れた。
血は、もう止まっている。
(回復していない)
(気にしていないだけだ)
そう結論づける。
だが、
**痛みが“判断に入っていない”**ことに、
自分で気づいてしまった。
焚き火の前。
剣を膝に置き、刃を確かめる。
欠けはない。
問題なし。
(疲労……)
確認する。
呼吸。
心拍。
筋肉。
どれも、動く。
「……動くな」
誰に向けた言葉でもない。
夜半。
奇襲。
風切り音より早く、体が反応した。
考えた記憶はない。
足が出て、
剣が振られ、
敵が倒れていた。
「……」
遅れて、理解が追いつく。
(今、何をした?)
答えは出る。
だが、
出たあとだった。
翌日。
同じ魔物。
同じ距離。
同じ結果。
再現性がある。
それが、何よりも問題だった。
「……技術だ」
呟いてから、
否定する。
(違う)
(これは、
技術の“先”だ)
技術は、
意識すれば使える。
だが今は??
意識する前に終わっている。
崖の上。
下を見下ろす。
高い。
普通なら、降りない。
レインは、足を踏み出した。
落下。
着地。
膝が、僅かに軋む。
(……問題ない)
その判断が、
一瞬も揺れなかった。
「戻れないな」
ぽつりと、声が落ちる。
何に、とは言わない。
考える前に、
最適解が出る。
それは、
人間の思考速度ではない。
魔物の群れ。
数で押してくる。
以前なら、
退路を探した。
今は??
(全員、視界に入る)
一体目。
二体目。
三体目で、
少しだけ遅れる。
理由が、分かる。
(殺意が、
処理に入っていない)
感情が、
ノイズになりかけている。
排除する。
剣が走る。
終わった。
息は、乱れていない。
周囲に、音はない。
「……」
レインは、剣を下ろす。
(最適だった)
(でも??)
その“最適”に、
自分が含まれていない。
夜。
水面に映る、自分の顔を見る。
疲れていない。
怯えていない。
(安心している)
それが、
一番おかしかった。
レインは、水面から目を逸らした。
理解は、進んでいる。
間違いなく。
だが??
理解しすぎた先に、
人は立っていられるのか。
答えは、まだ出ない。
ただ一つ、確かなことがある。
もう、
元の場所には戻れない。
レインは剣を取り、
闇の中へ歩き出した。
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