第5話 スキルが、効かない
違和感は、小さなものだった。
峡谷沿いの依頼。
視界は狭く、逃げ場も少ない。
「加速、使うぞ」
カイルが言い、踏み込む。
次の瞬間??
「……?」
剣が、空を切った。
「今の、外した?」
自分でも信じられない、といった声。
レインは、見ていた。
(踏み込みは、速かった)
(剣速も、問題ない)
それでも、当たらなかった。
魔物が反撃に転じる。
「下がって!」
レインが声を張る。
二人で距離を取り、立て直す。
「……気のせいか?」
「もう一度、
同じ動きをしてください」
「え?」
「確認です」
短く、だが強い口調。
カイルは、うなずいた。
再度、加速。
同じ踏み込み。
同じ角度。
??また、外れた。
「……嘘だろ」
カイルが、息を呑む。
「当たるはずだった」
「ええ」
レインは、目を細める。
(避けている)
(……違う)
(“ズレている”)
戦闘は、レインが引き受けた。
派手さはない。
だが、確実。
魔物は、ほどなく倒れた。
帰路。
峡谷の風が、音を運ぶ。
「なあ、
さっきのは何だったんだ」
カイルが言う。
「スキルの問題だと思います」
「……不調とかじゃなく?」
「不調なら、
ズレは一定しません」
紙を取り出し、
簡単な線を引く。
「加速で伸びた距離と、
認識している距離が、
一致していない」
「……は?」
「体は、
前の位置にあるつもりで動いている」
「そんな馬鹿な」
「俺は、
加速に慣れてる」
「慣れすぎたんです」
静かな声だった。
その夜。
レインは、一人で試していた。
石を投げる。
目を閉じる。
距離を測る。
(ズレる)
スキルを使った直後だけ、
僅かに。
(……そうか)
数日後。
同じ場所。
同じ状況。
カイルが、加速を使わずに踏み込む。
「どうだ?」
「当たります」
「……じゃあ、使うぞ」
加速。
外れる。
沈黙。
「効かない、
わけじゃない」
レインは、言葉を選ぶ。
「正確じゃない」
「条件が合わないと、
“外れる”」
「俺の動きが、
狂ってるってことか?」
「違います」
レインは、首を振る。
「世界との整合が、
取れていない」
カイルは、言葉を失った。
「……じゃあ」
「スキルに、
頼り切ったら?」
「いずれ、
“当たらない動き”になります」
それは、
宣告に近かった。
依頼の最中。
強敵が現れる。
他の冒険者が、スキルを重ねる。
加速。
強化。
予測。
??外れる。
「なっ……!?」
混乱。
その隙を、
レインが突く。
一歩。
迷いなし。
剣が、届く。
「……なんでだ」
誰かが、呆然と呟く。
レインは、答えなかった。
(条件が、
揃っただけだ)
夜。
宿の机に、紙が並ぶ。
・スキル使用時
・非使用時
・環境
・距離
結論は、まだ仮説だ。
だが、確信に近い。
(スキルは、
万能じゃない)
(理解を、
代替しているだけだ)
灯りを落とす前、
レインは手を止めた。
(もし、これが本当なら)
世界の“強さ”の基準は、
根底から崩れる。
だが??
彼は、それでも眠った。
明日、
もう一度確かめるために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます