第3話 剣士カイル

雨が、降り始めていた。


ギルドの屋根を叩く音が、昼間より人の少ない広間に響く。

掲示板の前には、数人しか残っていない。


レインは、濡れた依頼書を一枚剥がした。


《街道沿いの見回り・二名以上推奨》


単独不可。

だが、他に選べるものはない。


「……それ、まだ残ってたか」


背後から、低い声。


振り向くと、剣士が一人立っていた。

年は二十代前半。

使い込まれた装備だが、手入れは行き届いている。


「二人推奨だ。

相棒、探してた?」


「はい」


短く答える。


剣士は一瞬、レインを見た。

装備、体格、そして空白の適性欄。


「……スキルは?」


「ありません」


間が、落ちる。


だが剣士は、鼻で笑わなかった。


「俺はカイル。

剣術系の補助スキル持ちだ」


名乗り、手を差し出す。


レインは、その手を取った。


街道は、ぬかるんでいた。


視界は悪く、音も吸われる。


「前衛は俺がやる。

無理に出なくていい」


「了解です」


即答だった。


(判断が早い)


カイルは、そう思った。


魔物が出たのは、橋の手前だった。


狼型。

二体。


「来るぞ」


カイルが前に出る。


剣が走り、一体を牽制。

もう一体が、横に回る。


「左、回り込みます」


レインが言った。


カイルは一瞬だけ視線を走らせ、うなずく。


剣を振る。

踏み込みが、わずかに遅れる。


(間に合わない)


レインは、迷わなかった。


地面を蹴り、石を投げる。

狙いは頭ではない。


足。


狼が体勢を崩す。


その瞬間、カイルの剣が届いた。


戦闘は、短かった。


息を整えながら、カイルはレインを見る。


「今の……」


「判断です」


説明は、それだけだった。


「……そうか」


否定も、追及もしない。


帰路。


「お前、前に出ないって言われて、

本当に出ないな」


「必要がなければ」


「必要があった」


レインは、うなずいた。


それで話は終わった。


報告を終え、酒場の隅で二人は腰を下ろす。


「なあ」


カイルが、グラスを置く。


「しばらく、組まないか」


唐突だった。


「理由は?」


「……楽だから」


正直な言葉だった。


「前に出ない。

でも、見てないわけじゃない」


少しだけ、言い淀む。


「そういう相棒は、貴重だ」


レインは、考えた。


組めば、効率は上がる。

死ぬ確率は下がる。


だが??


「条件があります」


「聞こう」


「判断は、共有してください」


カイルは、目を瞬かせた。


「……面倒じゃないか?」


「面倒です」


即答。


「でも、

それができないなら、組めません」


沈黙。


やがて、カイルは笑った。


「いいぜ」


「どうせ、俺も考えるのは嫌いじゃない」


グラスが、軽く触れ合う。


「改めてだ。

よろしくな、レイン」


「こちらこそ」


握手。


それは、

感情よりも、

信頼から始まる関係だった。

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