敗戦処理領主たちの、たった一つの冴えた没落計画(短編版)

小鳥遊 千斗

回収事案 第---号 記録


「急げ、もたもたするな!」


 王都の片隅。

 とある子爵家の屋敷シティハウス


「『隠し資産』に繋がる書類は、最低限だけ疎開させて、全て燃やしてしまえ!」


 小太りの男―この屋敷の主である子爵―の指示に従い、数人の使用人が、無数の書類や手紙を、書斎の暖炉へ放り込んでいく。


「旦那様!」


 煙突の処理能力を超えた煙が部屋を満たす中、現れたのは子爵の右腕である老執事。


「『取り立て卿』……クランベリー男爵家のご兄妹が、お着きになりました」

「なにぃ? 約束の時間より三十分も早いではないか。機先を制したつもりか、小賢しい若造どもめ」


 書類一式をトランクケースに詰め込みながら、子爵が吐き捨てる。


「準備できたぞ、持っていけ!」


 トランクを受け取ったのは、おおよそ貴族屋敷に似つかわしくない、ボロ布のようなフードを被った【浮浪者】だった。

 何年も剃刀かみそりを当てていないのか、顔の大部分は灰色の薄汚れたヒゲに覆われており、毛玉の化け物の様になっている。


「中を見ることは許さん。万が一にも紛失してみろ、必ず見つけ出して八つ裂きにしてやる。分かったら行け!」

「……(こくり)」


 荷物を受け取ると、浮浪者は煙の向こう側へ溶けるように、静かに書斎を後にした。


「何者です?」

「『相談役』が寄越した遣いの者だ。隠し資産は一旦、あちらに預ける」

「それはまた、随分お耳が早いですな。当事者の我々ですら、青天の霹靂で大わらわだというのに」

「独自の情報網を持っておるらしい。ほれ、こんな指示書まで送って来おった」

 

 子爵が開封済みの便せんを渡す。

 そこには、資産の持ち出しと証拠隠滅の手順が細かく書かれていた。


「……確かに『相談役』殿の字ですな。いやはや、流石に仕事が早い」

「ともかく、今は客のもとに急ぐぞ。時間をかけては怪しまれる」


 部下たちに残りの書類も焼くよう命じて、子爵と老執事は書斎を出る。


「例のものは用意できておるか?」

「はい、こちらに」


 老執事が差し出したのは、革で装丁された分厚い帳簿だった。

 子爵が歩きながら内容を確認する。


「おぉ、期待以上の出来だ。やるではないか、爺」

「『本物の帳簿』を元に、一週間で仕上げました。やれやれ、この老骨に連日の徹夜はこたえます」

「しかし、まさか爺に『偽帳簿作り』の才があったとは。おぬしもワルよのう、ガッハッハ!」

「いえいえ、旦那様ほどでは」

「ガハハハ! おい、不敬だぞ」

「すみません……」


 そうこうしている内に、応接間に辿り着く。

 深呼吸をし、『善良な名士の顔』を作ってから、子爵は扉を開けた。


「やぁやぁ、よくぞお越しくださった!」


 室内で待つ来客は二人。

 その片割れがソファから立ち上がり、ドレスの裾を摘んでお辞儀カーテシーをする。


「お初にお目にかかります。クランベリー男爵家当主、【エリザベス・クランベリー】と申します」


 そう名乗ったのは、とある新興男爵家の、若き女性当主だった。

 艶やかなホワイトブロンドと、宝石の様に鮮やかな赤い瞳が魅力的な少女である。


「あちらは、当家の家宰を務めている異母兄あにの【ウィリアム】です。どうぞ、私どものことは気軽に【リズ】・【ウィル】とお呼びください」

「……どーも」


 窓際で煙草をくゆらせていた青年、ウィルが会釈をする。


 陰気な男だ。 

 目元を完全に覆っている重たい前髪がまた、その印象を強めている。

 髪は美しいプラチナブロンドだが、熱心な手入れはされていない。

 これを自然体と表現するか、ボサボサ頭と切り捨てるかは、評価の別れるところだろう。


「いやぁ、お待たせして申し訳ない。本領の雑務が山積みでして」

「お気になさらず。予定を早めたのはこちらですから。ねぇ、兄さん?」

「……まぁ、ちょうど面白い見世物もあったしな」


 ウィルの視線に釣られ、子爵が窓の外を見る。

 屋敷から少し離れた場所にある広場。

 そこに集まった人だかりの中心に、二階建ての建物に匹敵する高さの長梯子ながばしごが、垂直に立てられていた。

 頂上では、派手な装いの少女が、超人的なバランス感覚で倒立やジャグリングなどの曲芸を披露している。


「あぁ、近頃この辺りの広場で見かける【大道芸人】ですな。寒空の下、あぁして朝から晩まで涙ぐましく投げ銭を稼いでいますよ」

「へぇ」

(……相槌もまともに打てんのか、薄汚い商家あがりめ)


 額に浮かぶ青筋を、子爵は懸命にこらえた。


 この時代、爵位による序列はとっくに形骸化している。

 今、世界を支配しているのは別の力。

 それで劣る以上、格下の男爵家相手にも強く出られないのが現実だ。


 特に目の前の男は、社交界でも有名な変人。気を遣うだけ無駄だろう。


「いかがですか女男爵バロネス、そちらの焼き菓子は?」


 なので、くみしやすそうな方……リズへと愛想笑いを向ける。


「大変美味しいです。腕のいい料理人をお抱えなのですね」

「最近雇った【菓子作りスティルルーム・メイド】が、なかなかの拾い物でして。元々出ていた腹が、この一ヵ月でまた立派になってしまいました。ハッハッハ!」


 腹を叩きながら、子爵が大きく笑ってみせる。


「ふぁっ」


 その声に驚いたのは、部屋の隅で待機していた少女だった。

 十二、三歳といったところか。明らかな【見習いメイド】である。

 長時間の侍立に疲れたのか、ウトウトと舟を漕いでいる。


(……ふんっ)


 子爵は内心ほくそ笑んだ。


 組織の本質は、末端ほど色濃く表れる。

 貴族同士の会合にこんな見習いを同席させるほど、クランベリー家は人材に困っているらしい。

 

 取るに足らない。

 値踏みの結果、子爵はそう判断した。

 なら、必要以上に下手に出ることもない。


「それで、本日はどの様なご用向きで?」


 ようやくの本題。

 リズが手にしたカップをソーサーに戻す。


「事前に高等法院を通してお伝えしたとおりです。こちらの要求は『先代が貴家へ出資した10000金貨モランの返済』です」


 出資金。

 子爵が格下の男爵リズに強く出られない理由が、これだ。


 クランベリー家は、元々一介の商家である。

 それが王国中の貴族に金銭的な支援を繰り返し、数代かけて今の地位を得た。

 子爵もかつて事業を始めた際、先代のクランベリー卿から『所領の年貢収入3年分』に相当する大金を借用している。


「それなのですが、当家の財務状況では、とても返済の余裕は……」

「こちらが調べたところでは、昨年の税収および事業収益は堅調のはずです。一括は難しくても、数年以内の完済は十分可能では?」


 リズの言うとおり、返済はできる。

 なら、何故しないのか。

 理由は簡単、端から返す気がないのだ。


 クランベリー家の出資は、あくまで支配階級への貸しを作ることが目的で、『無利子無担保』かつ返済の催促をしないというのが暗黙の了解だった。

 もらったも同然の金を、何故返さなければならないのか。

 あまりに子ども染みた言い分だが、それが子爵を初めとする『高貴な債務者たち』の偽らざる本音だった。


 そのための準備も、水面下で進めてある。


「これは他言無用で願いたいのですが……こちらをご覧ください。私の経営する貿易商会のものです」


 子爵が持参した帳簿をテーブルに広げる。


「今期に多額の特別損失が計上されていますね。これは?」

「実は、先日の航海中に起きた嵐で、所有する貨物船が全て沈没致しまして……積み荷の弁償も含めて、多額の負債を負ってしまったのです」


 嘘だ。

 今見せているのは、廊下で受け取った偽帳簿。

 船も沈没しておらず、秘密裏に売却済み。今頃は、遠い異国の海で海賊船にでもなっていることだろう。


 架空の損失による倒産を装い、借金を踏み倒す。

 子爵が目論んだのは『計画倒産』と呼ばれる手口だった。


 早い話が、詐欺である。


「近々、当家は高等法院に破産の申し立てをする予定です。申し訳ないが、金はほとんどお返しできないでしょう」


 葉巻の準備をしながらの言葉に、リズがうろたえる。


「そんなことをすれば、地位も財産も失いますよ」

「ご心配どうも。ですが、そうはなりません。我が国には『破産手続き上の貴族特例』というセーフティネットがありますから」


 封建領主には、領内のインフラを整備・維持する義務がある。

 そのために最低限必要な財力を維持するという名目で存在するのが、多様な『貴族特例』だ。

 その実態は、局所的な徳政令に近い。

 今回の場合だと、手放すのは領地運営に支障の出ない可処分資産に絞られ、残りの借金は棒引きで清算。子爵は屋敷も爵位も失うことなく、所領ではこれまでどおり税収を得ることもできる。


 無茶苦茶な話だ。


 だが王国の既得権益層は、そんな無法を合法にする仕組みを、数百年に渡って少しずつ、強固に根付かせていた。

 王国を蝕む、毒の様に。


「家名は多少傷つくでしょうが、貴族社会は持ちつ持たれつ。私のこの『苦渋の決断』に、みなさん理解を示してくれることでしょう」


 破産手続きで没収されるはずの可処分資産は既に疎開済みで、社交界の重鎮たちへの根回しも抜かりない。

 数年もすれば、何ごともなかったかのように、表舞台に返り咲けるだろう。


(どうだ。思い知ったか、小娘)


 子爵の笑みが、邪悪な色を帯びる。

 どれだけ財を成そうと、最終的に物を言うのは出自の差。

 持って生まれた銀の匙、その輝きこそが全てだと、言外に滲ませる。


「残念でしたね、女男爵バロネス。仮に貴方の爵位が私より上だったら、特例の適用を握りつぶすこともできたかもしれませんが」

「返済のご意志はない、と」

「返せるものなら、返して差し上げたいのですがね」


 勝ち逃げを確信し、取り繕うことを止めた子爵が、口の中で転がした葉巻の煙を、悪意と共にリズに吹きかける。


「……分かりました」


 それに対し、少女はただただ悲しそうに目を伏せた。


 折れた。子爵が勝利を確信した、次の瞬間。

 



「では、選手交代と参りましょう」




 不意に凛と背筋を伸ばしたリズの言葉に呼応するように。


 横から伸びてきた第三者の手が、子爵の口から葉巻を取り上げた。

 床に落ちた吸い殻が踏みにじられ、高価な絨毯に致命的な汚れを作る。


「お、おい、何を……!」

「失礼」


 子爵が二の句を継ぐ前に、曲者くせものはソファに腰を下ろす。

 テーブルの上に広げられたままの偽帳簿に、足を乗せながら。




「ここからは俺と話をしましょうか、子爵」




 それは、これまで静観していたウィルだった。



―――――



「き、君! 何だね、その無礼な態度は!」

「計画倒産で借金を踏み倒そうとしてる貴方が、言えた義理ですか」


 図星を突かれて、子爵の頬が引きつる。

 だが、そこは権謀術数渦巻く貴族社会を生き抜いた古強者。

 すぐに応戦し、伝家の宝刀を抜き放つ。


「計画倒産? はて、何のことやら」


 すなわち、すっとぼけた。


「猿芝居はやめましょう、時間の無駄だ」


 が、それも社交性をドブに捨てた相手には通用しない。


「貴方の計画は、破産申請が受理される前提のものだ。領地運営とは切り離された、個人としての可処分資産が残っていれば、話は変わってくる」

「だが、事実私は船と積み荷を失い、多額の損失を……」

「そこが妙なんですよ」


 数枚の書類がテーブルに叩きつけられる。


「これは……」

「貴方の商会が所有する交易船の【船舶登録証】です。嵐にあってどこかの海底に沈んでいるはずの、ね」

「ば、馬鹿な、そんなはずはない!」


 書類を手に取り、子爵が叫ぶ。

 それは、確かに彼が業者に払い下げた船のものだった。


「駄目ですよ、こんな怪しい話に乗っかる業者を信用しちゃあ。大方、遠洋にでも売り飛ばす手はずだったんでしょうが……お友達は買い手を探すのが面倒だったと見える。王国南部の小さな港町で、連絡船としてひっそり運航していましたよ。探し出すのに苦労しました」

「な、にぃ……?」

「さて、そうなるとおかしな話になります。沈没事故による特別損失は存在せず、船の売却益も丸々残っている。その金は、一体どこへ消えたんでしょうね」

「そ、それは……」


 体勢を建て直すべく、子爵が頭の中の悪知恵をフル回転させる。


「そうだ、そこまで言うのなら、当家の口座を調べればいい。私の言葉が真実だと分かるはずだ」

「もちろん調べましたよ、銀行の古いコネを使ってね。この一ヶ月で4000金貨モラン以上の預金が引き出され、ほとんど空になっているのも確認済みです」

「当然だ。商会の損失補填に全て回したのだから」

「あるいは、現金化して手元に置いている・・・・・・・・・・・・・か」

「……いい加減にしろっ!」


 子爵がテーブルを拳で打つ。


「そこまで言われては、黙っておれん! 当家の名誉にかけて、身の潔白を証明しようではないか! さぁ、満足行くまで家探しでも何でもするがいい!」


 怒り心頭で啖呵を切るが、これは演技。


 隠し資産は既に疎開してあり、証拠の書類も処分済み。

 家探しをして何も出なければ、相手は追求の手を緩める他ない。

 そこまで考えての、カウンター狙いの一手だ。


「いえ、それにはおよびません」


 が、ウィルの返答は予想外のもので。

 不意に、部屋の外が騒がしくなる。


「おい、止まれ!」「その部屋では今、旦那様が大切なお話を……」


 数人の男性使用人フットマンの制止の甲斐なく、応接室の扉が開け放たれる。


 現れた人物を見て、子爵は息を呑んだ。

 顔を覆うモジャモジャのヒゲに、目深に被ったボロ雑巾の様なフード。

 それは、先ほど書斎で会った【浮浪者】だった。


「お、おい、こんなところで何を……」


 子爵には目もくれず、浮浪者はウィルに歩み寄ると、手にしたものを渡す。

 書斎で託されたばかりの、トランクケースを。


「な、なっ……!」

「怖い時代になったものです」


 ウィルがトランクの留め具を外す。


「この百年あまりで、世界の金融システムは目覚ましい進歩を遂げました。高額取引の現場では持ち運びに不便な実物貨幣は敬遠され、信用経済の名のもとに、何千人もの生活が吹き飛ぶような金額が、紙切れ一枚で飛び交っている」


 中に入っていたのは、数十枚の証券だった。


「【可処分資産を全て証券化して、ほとぼりが冷めるまで外部に隠す】……悪くない発想だ。これなら金貨数千枚分だろうが、鞄一つに収めることができる」


 ウィルが勝ち誇るように、証券の束を指で弾く。


「き、きさっ、貴様……!」


 それに対する子爵の怒りは、浮浪者へと向けられた。


「謀ったのか、この下民風情がぁっ!」


 ガラス製の置き物を掴み、大きく振りかぶる。

 その腕を、ウィルは素早く取り押さえた。


「やめましょう。紳士が女性・・に手を上げるものじゃない」

「……はぁ?」


 目を丸くする子爵の前で、浮浪者が自分の顔に手をかけた。

 ペリペリと音を立て、顔の大半を覆っていたヒゲが剥がれていく。

 蝋を固めて作った偽の皮膚を外し、目深に被ったフードを取ると、陶磁のような白い肌と、艶やかな黒髪が、露わになった。

 数秒後、そこにいたのは、薄汚い浮浪者ではなく、コケティッシュな笑みを浮かべた一人の少女だった。



「紹介します。彼女は【ティナ】。当家のメイドです」



「メイド……おん、な?」

「もっとも、家向きの仕事はからっきしなので、こういった仕事・・・・・・・ばかりさせているんですがね」

「はい、そこ、言わなくてもいいこと言ってるよー」


 ティナと呼ばれた少女が、ウィルの手から掠め取った証券の束で、頭をポンと叩く。

 その距離感は、主従というより悪友に近い。

 

「ば、馬鹿な、そんなはずはない。私がそいつを信用したのは、知人からの手紙を持っていたからだ。……ま、まさか、奴が寝返ったのか?」

「噂の『相談役』ですか。一応言っておくと、その方は蚊帳の外ですよ。貴方が受け取った指示書は、こちらで用意したものなので」

「だが、あの筆跡は確かに……」

「よくできているでしょう。当家の誇る巨匠が、三日三晩、寝ずに仕上げた自慢の一品です」


 ウィルが部屋の隅を指差す。


「くかー」


 そこでは、例のメイド見習いが、壁に背を預けて座り込み、爆睡していた。どうやら眠気が限界に達したらしい。

 


「彼女は【イヴリン】。画家だった父親譲りの画才の持ち主で、特に模写の腕前は本職顔負けです。今回はこちらのサンプル・・・・・・・・を元に、筆跡を完璧に再現してもらいました」



 ウィルが数枚の便せんを差し出す。

 その内容に、子爵は色を失った。

 何故ならそれは、側近すら滅多に通さない彼の書斎に保管してあるはずのものだったから。


「お節介かも知れませんが、二階の密室なら安全だろうとタカをくくらない方がいいですよ。誰がいつ、どこから監視しているか分かりませんから」


 その言葉を数秒咀嚼した後、子爵はハッと窓の外を見た。


 屋敷近くの広場に集まった群衆の中心で直立している、長ばしご。

 その上で片手逆立ちを披露していた【大道芸人】と、目が合う。

 少女は器用にも、その姿勢のまま「あっかんべー」をしてみせた。


「ティナ、外の【メルフィ】もここに呼んでやれ。風邪でもひかれたら面倒だ」

「りょーかい」


 変装を解いたメイドが窓を開け、ハンドサインで撤収の合図を出す。

 

「……いつからだ」


 腰砕けでソファに沈んだ子爵が尋ねた。


「これだけの大仕掛け、昨日や今日の話ではあるまい。一体いつから、私に狙いを定めていた?」

そちらが動き始める前から・・・・・・・・・・・・ですよ。貴方の名前は、悪質債務者のリストに初めから入っていました。これまではただ泳がせていただけで」


 ウィルが目元を覆う重い前髪をかき上げる。

 陰気な性格に似合わず、その目元は涼やかなもので。

 ビードロ玉の中に蒼穹を閉じ込めた様な、美しい瞳が露わになった。


「貴方が大量の証券を買い漁っているという情報が入ったのが、一ヵ月前。それで探りを入れてみたら、そちらの所有する貿易商会が、商売道具の船を処分していることが分かった。……正直、焦りましたよ。資産を隠され、破産申請が通ってしまったら、金の回収は絶望的だ」


 なので、と前置いて、種明かしが始まる。


「それから俺たちは、証券化された隠し資産の在り処を探るため、貴方の動向を徹底的に監視しました。が、なかなか尻尾が掴めない。なので、一計を案じることにした」

「一計?」

「押し込み強盗の手口に『標的の家でボヤ騒ぎを起こす』というものがあります。極限状態に陥った時、人は真っ先に一番大切なものを持ち出そうとする。その瞬間を狙うわけです」


 人が変わった様に活き活きと、饒舌に、ウィルは語る。


「今回の計画はそれの応用。高等法院てで借金返済の催促を受けた貴方は、当局の調査が入る前に、隠し資産を屋敷の外へ疎開させようとした。開かずの金庫を、自分から開いてね。あとは、それを横からかすめ取ればいい」

「…………」

「部下たちにも、それぞれの特技を活かした働きをしてもらいました。書斎から拝借した手紙を元に、【イヴリン】に『相談役』からの偽の指示書を作らせ、それを変装の名人である【ティナ】を経由して貴方に渡し、信用を得た。そうすれば、あとは『宝』の方から勝手に転がり込んでくるって寸法です。ここまでで質問は?」

「……ある」

「どうぞ」

「その計画には、『内部から手紙を盗む役割』が必要なはず。……当家の誰を抱き込んだ?」


 子爵の血走った眼が、背後の老執事に向けられる。

 腰を抜かしそうになる老人の弁明より先に、ウィルは答えた。


「貴方の身内は、誰も裏切っちゃいませんよ」

「そんなはずはない。私が書斎に通す人間は限られている。そこの爺やの他は、事務方の側近が数人だけだ」

「それだけ? 本当に?」


 訝しがる子爵をよそに、ウィルはテーブル上の焼き菓子を一つ、口に運んだ。


「うん、相変わらず・・・・・美味い。いいものですね、一芸に秀でた使用人というのは」


 特に、と続ける。


「腕のいい料理人は、どんな家でも重宝される」

「失礼しまーす!」


 元気のいい挨拶が、部屋中に響き渡った。

 開け放たれたままの扉を素通りして入って来たのは、屋敷の【菓子作りスティルルーム・メイド】。

 サイドテールをぴょこぴょこと揺らしつつ、子爵の前へ歩み出る。


「お前は、えぇと、名は何と言ったか……とにかく、用があるなら後に――」

「こちらをどうぞ!」


 皆まで言わさず、少女が封筒を差し出す。

 そこには、力強い字で『退職届』と書かれていた。

 

「短い間でしたが、お世話になりました!」


 勢いよく頭を下げ、立ち位置を変える。


 ソファに座る、クランベリー兄妹の後ろへと・・・・・・・・・・・・・


「……まさか」

「下々の名前を覚えるのが苦手なようですので、改めて紹介しましょう。彼女は【リリィ】。そちらに一ヵ月ほどお貸ししていた・・・・・・・、当家の料理人です」


 その瞬間、子爵は思い出した。

 側近の他に、書斎に入ることができる存在。

 ティータイムの用意をしているだけと気にも留めなかった、認知上の透明人間を。


 ウィル曰く、屋敷での自分の動向は、広場ではしご芸を披露していた少女によって徹底的に監視されていた。

 保管場所さえ分かっていれば、わずかな隙を突いて手紙を盗み出すことも可能だろう。


 全てを理解した子爵の、屈辱にきしむ歯の奥から、暗い憎悪が絞り出される。


「こ、の、悪党めが……!」

「そう、俺は悪党だ。貴方と同類のね」


 それを、ウィルは一笑に伏した。


「だからこそ、敵に回すべきじゃなかった。何故なら――」


 否、笑みと呼ぶにはあまりに獰猛な、捕食者の貌で、勝利を宣言する。




「俺と貴方じゃ、悪党としての格が、決定的に違う」




「ぐ、う、うぅ……」


 子爵が憔悴しきった様子でうな垂れる。


「私をどうするつもりだ? 議会に告発でもするか?」

「まさか。それじゃ1銅貨ポッツにもならない。今回回収できた貴方の全財産は、精々7000金貨モラン程度。負債はまだ3000金貨モランも残ってる」


 そう言って、ウィルが手帳と万年筆を差し出す。


「何だ?」

「取引です。今回のスキームを貴方に吹き込んだ人間と、その『勉強会』の参加者をリストアップしてください」

「ば、馬鹿にするな。私だって貴族の端くれ、仲間を売る様な真似は……」

「タダでとは言いません。名前一つにつき1金貨モラン、それがこちらの知らないものだった場合は、追加で10金貨モランを、残りの借金から天引き――」


 ガッ。

 ウィルが言葉を結ぶのも待たずに、子爵はペンをひっ掴んだ。

 一心不乱に手帳に向かい、無数の名前を書き連ねていく。

 

「……物分かりが良くて助かりますよ」


 苦笑しつつ、ウィルが隣の妹に、手を差し出す。

 寝落ちしたイヴリンの頭を膝に抱えながら、リズはタッチに応じた。


「ごめんなさい。結局、今回もみんなに頼り切りで」

「それは言わない約束だろ。お前が誠実に振舞うほど、俺らが背中を刺しやすくなる。効率的な役割分担だ」


 ウィルが疲れた息を吐く。


「何はともあれ、これでまた『理想の終焉』に一歩前進だ。今夜くらいは、お互いぐっすり眠れ――」

「あれー! もしかして一番いいとこ見逃した感じー!?」


 不意の大声が、応接間に響き渡った。

 開け放たれた窓に長梯子がかけられ、広場で曲芸を披露していた少女―メルフィーが部屋に飛び込んでくる。


「ちゃんと玄関から入って来いよ、はしたない」

「ご苦労様、メルちゃん。外は寒くて大変だったでしょう?」


 鼻をすする少女に、リズが自分のコートを差し出す。


「ほんとですよぉ。毎日冬空の下に長時間放り出されて、髪はパサパサ、お肌はガサガサ。乙女係数大幅減って感じで……あーあ、これは特別手当でもないと割に合わないかもなぁ~」


 最後の矛先は、ウィルに向けられていた。


「よく言うぜ。見物料で散々稼いだくせに」

「それはそれ、これはこれ。ほら、手だってこんなに冷たい」

「だー! いきなり人様の襟に手ぇ突っ込む奴があるか!」

「なら誠意を見せて! 誠意は言葉ではなく金額、つまりはボーナス!」

「あ、それならあたしも!」


 グイグイ来るメルフィから逃れようとするウィルの腕を、逆側に回ったリリィが掴む。


「あたしだって、潜入期間中ずっと中年親父のエロい視線に晒されてたんだから、当然もらう権利はあるよね」

「それは子爵⦅ほんにん⦆に言えよ、仲間を売るのに必死で聞いてないけど! ……おいティナ、こいつら何とかしろ、一応職長だろうが」


 左右から力いっぱい揺さぶられ、ウィルが懐刀でもある少女に助けを求める。


「んー?」


 それに対し、応接間の酒瓶を我が物顔で物色していたティナは、グラスになみなみ注いだ琥珀色の液体に口をつけながら、イタズラっぽく片目を閉じた。


「ごめーん、お酒入れちゃったから、今日はもう店じまい」

「通るか、そんなもん!」


「…………」


 そんな、敵地のど真ん中とは思えないようなやり取りを、子爵付きの老執事はポカンとした顔で眺めていた。

 少女たちに振り回されるウィルからは、先ほどまでのキレ者然とした雰囲気は感じられない。

 例えるなら、妹たちに頭の上がらない、女系家族の長兄の様な体たらくだった。



―――



 ウィル・クランベリー。

 この青年が家宰に就いてから、貴族社会で『金の生る木』と揶揄されていたクランベリー男爵家は方針を一転。貸し付け金の回収に、精力的に乗り出すようになった。


 結果、付いたあだ名が『取り立て卿』。

 言うまでもなく、蔑称である。


 王国を牛耳る『高貴なる債務者たち』全員を敵に回す、修羅の道。

 彼がその道を歩むまでには、紆余曲折の物語があったのだが。


 それを語るにはまず、一年前の冬まで遡らなければならない。

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