第3章:図書館と距離の揺らぎ

数日後、大学の図書館で二人は偶然同じ席に座った。

静かな空間の中、ページをめくる音やペンの走る音が、思ったより心を落ち着けてくれる。


「……今日は、勉強に来たの?」

璃音が声をかけると、渚は少し驚いたように顔を上げる。

「……はい……少し。でも集中できるかどうか……」

「ふふ、俺もだ。こういう時は隣に誰かいると、案外集中できるかもな」


渚は小さく笑みを浮かべ、視線を少しそらす。

けれど、心の奥では璃音の存在に安心感を覚えている自分に気づく。


二人の間には、まだ言葉にできない微妙な距離がある。

それでも、互いの気配や視線、沈黙のやり取りだけで、少しずつ心が近づいていることを感じていた。


しばらく、ページをめくる音だけが続いた。

璃音は手元の文字を追いながら、ふと渚の横顔に目を向ける。


「……渚ってさ」

小さく声を落としてから、続ける。

「絵を描いてるときって、どんな気持ちになるんだ?」


渚は少し考え込むように視線を落とす。

「……うーん……自分の中の世界を形にできる感じ……かな」

少し間を置き、さらに小さな声で付け加える。

「描いてると、時間とか周りのことを忘れるんです」


璃音は頷き、優しく笑みを浮かべる。

「いいな……そういう感覚、少し分けてもらえたら嬉しい」

渚は顔を少し赤くしながら、ほんのわずかに微笑んだ。


ページをめくる音、時折交わされる小さな言葉、互いに向ける視線。

図書館の静けさの中で、二人の関係は少しずつ、でも確実に変化していく。

心の距離はまだ遠いけれど、揺らぎと共に確実に近づいているのを、二人は無意識に感じていた。

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あなたが私を怖がるまで @Yuenaisena

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