はやまる思いは止まらない

 最後に伊達青葉だてあおばと話したのは、かもめが鳴く港の近くだったと思う。

 大学進学を機に地元を離れる。だから最後に少し話そうということで。防波堤に腰掛け、春の夕焼けを眺めながら。

「将来どうすんべ?」

 青葉は遠くの小島をぼんやりと見つめながら口を開いた。

「さあ? 分からん」

「分からんのかい。……そりゃ、分からんけどさ」

「分からんからさ、見つけるのよ。これから」

 反動をつけて立ち上がり、私は言った。なんとなく決めポーズもとってみる。

 彼からは逆光で私の表情など見えなかっただろう。




 あれから何年か経って、久しぶりに会わないかという話になった。

 実のところ、青葉とは帰省した時に会おうと何度も連絡を取り合っていたのだが、どうにも都合がつかず、面と向かって会えるのは高校の卒業式以来だった。

 この度、奇跡的に私の休みと彼の休みが一致したので、私が彼のところへと赴くことにした。現在は姫路に住んでいるらしい。

 お昼に姫路駅で会えないだろうか。

 その一文を見て、応えないわけにはいかなかった。

 分かった。のぞみ63号で向かうよ。

 私がそう返信すると、胸が熱くなるのが分かった。やっとこさ、青葉に会える。

 会いたいというのぞみが、「会おう」というこだまになり、もうすぐ会えるというひかりになった。あれから何度桜が散り、軒下の巣からツバメが巣立ち、瑞穂が稔り、深雪が朝日に照らされて輝きを放っただろうか。そんな長い年月を超えてかつての友人と再び会えることになった。

 私は気持ちが早まり、乗る予定だった列車の一つ前の列車に乗り込んだ。会えるなら早い方がいいだろ?

 ドアが閉まると、列車のスピードは次第に速まり、私の気持ちも早まっていった。




 青葉は山びこみたいな奴だった。「おはよう」と言えば、「おはよう」と返してくれる。喧嘩して「もう知らない」と言えば、「こっちこそもう知らない」と言う。でも「この前はすまなかった」と謝れば、「僕もすまなかった」とすんなり仲直りできる。

 彼は山登りが好きだ。谷川岳にも、剣山にも登ったことがあるらしい。私はそこまで本格的に登山をする人間ではないが、彼と行った那須高原は良い思い出である。

 そんな彼に再び会うことができる。やっと。なぜ今まで会えなかったのだろう。翼があればハヤブサの如く猛スピードで飛んでいけるのに。

 離れ離れになってやっと、彼と過ごした時がかけがえのないものなのか分かった。青葉がいない日々は、どうにも面白味に欠けるのだ。

 昔のことをぼんやり思い出している間も、のぞみ号は西へとひた走る。止まっていた時間を取り戻すように。

 そういえば、青葉には恋人ができたらしい。小野小町を超えるほどの美人に相当惚れ込んでいるとの情報をかつてのクラスメイトから仕入れた。会ったら精一杯茶化してやろう。




 列車は新神戸駅を発車した。もうすぐだ。もうすぐで青葉に会える。

 鼓動が速まる。思わず笑みが零れる。ニヤつくな。まだ新幹線の中だ。でも我慢できるわけないだろう。ふふふ……。

 しかし次の瞬間、私は耳を疑った。

「次の停車駅は、岡山です」

 ん? 岡山? 姫路は?

 不思議に思って地図アプリを起動する。新神戸を出たばかり。姫路はまだだ。

 では――。乗換案内アプリを起動する。私が乗っているのは……、のぞみ17号博多行き。停車駅は新大阪、新神戸、岡山、福山、……。姫路は? のぞみは全て姫路に止まるもんじゃないの?

 私は混乱して窓の外を見た。ちょうど駅を通過しているところだった。

 城が見えた。世界遺産にも登録されている、国宝だ。

「嘘だろ……」

 途方に暮れた。私はまたしても青葉に会えないのだろうか。私ののぞみは叶わないのだろうか。

 列車は韋駄天の如く猛スピードで通過していく。速度を落とすことなく、自慢の快足を発揮して。

 ホームの駅名標がちらりと見えた。姫路。通過。




「いた?」

 谷川朝陽たにがわあさひは、列車から降りてくる人の中から旧友を探す恋人に声をかけた。

「うーん、見当たらないなあ」

 青葉は首をかしげた。確かにこの時間の新幹線のはずなのに。

 自分が間違えていたのだろうか。そう思ってスマホを開くと、メッセージが届いていた。

「一本前ののぞみに乗ったら、姫路通過した⁉ 何やってんのさ……」

 呆れた。停車駅の案内があるはずなのに、なぜ通過してしまうのか。

 いや、思えば、彼――丸山颯まるやまはやては昔からせっかちだった。早く早くと思ったがために、姫路に停車しないのぞみにのってしまったのだろう。

「指定席にしなかったのかな」

 朝陽はつぶやいた。

「安い方があれば安い方にしてしまう。それがはやまる」

 旧友の癖を思い出すように青葉は言い、

「会ったら思いきり茶化してやろう」




「すまん、のぞみは全部姫路に止まるもんだと思ってた」

 しばらくして改札から出てきた颯は息を切らしながら弁明した。顔は赤く、汗が滝のように滴り落ちている。

「誤乗車ありがとうございました!」

 青葉は満面の笑みで言った。からかい合っていた昔を懐かしみながら。

「煽るな、煽るな」

 朝陽がたしなめる。まだ二人の関係性がよく分かっておらず、ひやひやだ。

「くそっ、今日は俺が青葉のこと茶化してやるつもりだったのに」

「百万年早い。まあ、山陽新幹線ののぞみは停車パターンがいくつかあるから」

 青葉は得意気だった。昔からはやまるを茶化すのは僕だけで、はやまるが僕を茶化すよりも茶化してやるのだ。

「まあいいさ。それよりお昼にしよう。こちとら随分待たされたんだから」

「ああ、遅れたお詫びに金は俺が払うよ」

 初対面の颯と朝陽が互いに自己紹介をすると、三人は予約していた店へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る