オチの内定

 人生の節目ってもんには、何かと式がつきものでございます。入学式、卒業式、成人式、結婚式、などなど。

 そして同時に試験というものもございまして、入試や就活、昇進ともなると面接なんてものもついてくる。この面接とやらがまた、厄介なもんでして、普段ならすらすら話せるところが、緊張して上手く話せない。本当、心臓に悪い。圧迫面接ともなればたまったもんじゃない。面接官の圧と、上手く答えられない自分に対する絶望感。もう逃げ出したくなる。


 私、越智隼太おちしゅんた。二十一歳。かくいう私もまた、面接というものが苦手でございます。何度受けても慣れず、心臓バクバク、足はガクガク、思うように言葉が出なくてカミカミ、……。なかなか思うように言葉が出なくて。面接官の心証も悪いでしょう。メールボックスはお祈りメールばかりです。私は神じゃないんだから、祈られても嬉しくないんですよ。祈るのは私の方です。内定もらえますようにって。

 もうね、だんだん自信を失いつつあるんです。面接に落ちるのは、自分の名字が「オチ」と読むからだと思った時期もありました。縁起悪いなっていつも思ってました。でも、そうやって名字のせいにするのは良くない。自力で内定勝ち取ってなんぼ。

 就活中の身、投げ出すわけにはいかず、今日も今日とて面接会場へとやってきたわけです。




「着いたー」

 遅刻は厳禁。そして毎度緊張してしまうものですから、早めに来て心を落ち着けようと、予定より何時間も前に家を出ました。時計を見ると、面接まであと四時間。早すぎる。あ、四だって。縁起悪いなあ。

 ああ、まだ時間あるのに、もう心臓バクバクですよ。気持ち悪い。汗がにじんで、何度もタオルで拭いていますが、治まる気配は一向にない。

 どうやって心を落ち着けましょうか。カフェに入ってお茶でも飲もうにも喉を通らないし、面接のシミュレーションをしようにも却って逆効果というのは、これまでの経験から立証済み。ああ、そんなことを考え出すとまたおろおろするじゃないですか。


 おや? あれに見えるは寄席じゃないですか。うーん、ここも縁起悪いな。だって、落語にはオチがあるでしょ? スベることもある。やめよ……。ん? 待てよ? いっそのこと、落語でも見て大笑いすれば緊張も少しは解れるんじゃないですかね? ……もう、いいや。落ち慣れてるんですから。見ていきましょう。そんでもって、大笑いしてきましょう。笑う門には福来たる、です。




 チケットを買って中へ入ると、これから漫談が行われるところでございました。適当に空いている席に座り、ほうっと一息。まもなくして、漫談が始まりました。




「一席どうぞお付き合いください。いやあ、今日も大勢の方にお集まりいただき、本当にありがとうございます。実を言うとですね、僕が初めて舞台で話すようになってから、今日でちょうど二十年になるんです。長い? 長いでしょう? でも話し始めた当時は緊張して上手く話せなかったんです。舞台袖ではいっつもブルブル震えて、心臓バクバク。高座の落語家さんたちの、特に道楽師匠なんかはすっごく冷静沈着で羨ましくて、羨ましくて。楽屋に虫が出た時なんかもね、えいやー、ぱこーんって感じですぐに退治しちゃって。見事なもんです。人を笑わせるのが仕事なのに、落ち着いてるんですよね。落語家だけに。

 今の僕も落ち着いているように見えるって? ありがとうございます。すごいでしょ? これが本当だったらね。

 長いことやっていても、ネタがウケるか、ちゃんと話せるか、不安で不安で仕方ないんですよ。さっきも楽屋で『大丈夫だ、大丈夫だ』って言い聞かせてきました。

 『芸人になりたい』ってうちの親に言った時は猛反対されました。『お前は緊張しやすいから、舞台でまともに話せるわけない。芸人は止せ』って。今思えば見透かされてたんだなと思うんですが、でもそんなすぐに反対されちゃ嫌じゃないですか。こっちもただで引き下がるわけにはいかない。だから言ってやりましたよ。『寄席でやるから止せって? 上手いこと言うね』って。そしたら気をよくして、『そうだろ、そうだろう』とか言うんですよ。ずいぶん調子のいい親でしょ? 今日もすぐそこで見てるんですけどね。

 でも緊張ってそこまで悪くないんじゃないかなとも思うんです。緊張って、『いざ勝負!』っていう感じがして、逆に良い効果を出すこともあるんじゃないですかね。試験とか面接の時って、緊張で心臓バクバクだからどうにかして落ち着こうとすると思うんですけど、そうする必要ないかもしれない。『落ち』付いてないから。まあ、国際的な緊張とかはやめてほしいですけどね。

 僕は緊張しやすい、出番の前は落ち着いてないですが、だからこそ縁起が良いと思うようにしてます。ガチガチに緊張していても良いと思います。ガチで挑むんだから、ガチガチでいきましょう。

 緊張していても笑われません。笑われるのは僕らの仕事です。

 さ、緊張だけにテンション上げていきましょうかね……」




 な、なるほど……。緊張というのは落ち着いていないからだと思っていましたが、捉え方によっては「落ち」付いていないとも考えられる。それに、緊張が必ずしも悪いものとは限らない。ほどよい緊張感は、パフォーマンスを高めることもあると聞いたことがある。緊張感のある良い試合とか聞いたことありますし、ピリピリとした緊張感が好ゲームを生み出すこともある。

 逆にいつも通りにやろうとして、不意に友人にするような言葉遣いを面接官にしてしまったらどうでしょう。「なんだこいつは。舐めてんのか」と思われかねない。やはり適度な緊張は必要なんだと思います。

 私の良くないところは、過度に緊張してしまうところなんでしょう。だからこそいつも通りやろうとしても上手くいかない。過度の緊張を適度に……。

 あれこれ考えようとしましたが、今は漫談の真っ最中。舞台に集中しましょうか。

 それにしても……、ククク……。タハハハハハハ! ああ、おかしい。面白い。笑いすぎて腹が痛い。寄席ってこんなに面白いのか!




 中入りとなり、時計を確認すると良い時間でした。そろそろ面接に行きますかね。

 笑い疲れましたが、心はなんだか軽くなっていました。心臓の鼓動は相変わらず速いものの、トクトクと少し穏やかでございます。

 心臓バクバクでも、面接カミカミでもいい。笑われてもいい。お噺をしよう。私が行くのは、面接会場という名の高座なのです。私の名は越智隼太、漫談就活生です。




「これから君のESを見ながら面接をしていくわけだけど、よく書けていると思った。たくさん書いたろう」

 ノートパソコンを見ながら、面接官が言いますと。

「い、いえす……」

 思わず英語で答えてしまったじゃありませんか。ああ、今日もテンパっております。

「それは『はい』ということかな? ESとかけて」

 はっ……、これは……!

「ええ、そうです。すみません、緊張感なくて」

「ハハハ。面接でそういうジョークを言える就活生はなかなかいない。面白いな。……では、質問に入ろうか」


「他にどんな会社を受けましたか?」

 穏やかな口調で面接官が話し始めまして。

「御社以外ですと、A社やB社、C社、……。二十社は受けました……。しかし私はこのように緊張しやすいため、め、面接で目を見て話したり、はきはき答えたりすることができず、……不採用が続いています。

 本日は緊張を解すため、面接前に寄席で漫談や落語を見てきました。えっと、そ、そこで大笑いしたおかげか、き、緊張が解れ、スムースに話すことができているとっ、か、感じております。こっのように、過去の失敗から、ま、学び、次はこうしてみようと考えることができる点は、長所の一つと、か、考えております!」

 ん、わりと話せているじゃないですか。やればできるじゃないですか、私。


「なるほど。では、長所と短所を教えてください」

「は、はい。長所は、いろいろなことに挑戦しようとする姿勢だと考えております。私は大学生になってから一人暮らしを始めまして、自炊をするようになりました。でっ、ですが、最初はなかなか上手くいきませんでした。そこで、まずは簡単な料理から始め、だんだんと様々な料理に挑戦するようにしました。今となっては、趣味の一つです。

 と、得意料理は牡蠣を使ったものです。貝の。果物の柿も好きで、実家から毎年届くので、よく料理に使っています。

 また、作って食べてばかりでは体に良くないので、運動を定期的にするようにしています。そのおかげで体力がつきました。書き入れ時は任せてください!」

 よく言った!

「へえ、料理だけでなく運動もですか。うちは夏に繁忙期がやってきますが、暑さにも強いと考えてよいでしょうか」

 余裕です。エアコンなしで三十二度は耐えられます。

「はい、夏季も大丈夫です。旬は逃しません」

 隼太ですから。


「学生時代に頑張ったことは何ですか」

「学生時代は資格の勉強を頑張りました。簿記は一級まで取りました」

 何か資格があれば就活で有利と聞いたので。しかしここまで落ち続けると、資格よりもちゃんと話せるかどうかなんだなと思っています。

「それは頑張りましたね。大変だったでしょう」

「はい、とても大変で、骨が折れました。試験にも何度も落ちてしまいましたが、何度も仕訳しているうちに、皺消す化粧のように、何度も練習すればうまくなるし、身につくんだと学びました」

 簿記だけに、ボキボキ骨が折れるんです。学習を進めるうちに分からなくなるし。でも継続して勉強していれば、必ず報われる時が来る。いつの間にか、仕訳したりするのが苦ではなくなっていました。


「将来の夢、こうなりたいと思う姿を教えてください」

 これはあまり想定していなかった……。

「そうですね……、明確にこれというものはまだないのですが、これからの日々で見つけられたらと考えております。人の夢と書いて『儚い』といいますが、夢を語る人は弱音を『はかない』、前だけを見て突き進むんだと思います。そしてその夢は潰えることはない。なぜなら『墓ない』から。単なる洒落かもしれません。美辞麗句かもしれません。しかし、目指すべき目標に向かって進み続ける人に私はなりたいです」

「それもまた、立派な夢だと思いますよ」

「ありがとうございます。そしてさらに、『君だから』と信頼される、唯一無二の人になりたいと考えております。越智ついているから、落ち着ける。今までは『越智』という名字が『落ち』に通じて縁起が悪いと思っていましたが、そうではない。私がいるからこそ、周囲の人が安心できるような存在になりたい。そう思えるからこそ、今となっては『越智』という名字が嫌いではないのです」

 よし言い切った。さっきの漫談を聞いて、即興で考えたんです。「落ち着いていない」は、「『落ち』付いていない」に通じる。では「落ち着いている」は? 「越智ついている」でしょう! 越智。そう、私です。私がいれば大丈夫。そういう者に私はなりたい。


「ありがとうございました。以上で面接を終わります。面接内容についてこちらで話してきますので、しばらくお待ちください」

「はい、お忙しい中お時間いただき、誠にありがとうございました」

 あれから何十分か質疑応答を繰り返し、面接官が終わりを告げました。どうでしょう。私としては今までで最も上手く話せたつもりではありますが、だからといって思い通りにいかないのが人生というもの。ここは万一に備えて、最悪を想定しておくことにしておきましょうか。


 数分後、控え室で待っていると、面接官が書類の束を抱えて入ってきました。差し出された書類には、採用通知書の文字。

「それでは来年の春から、どうぞよろしくお願いします」

 どわっと全身の力が抜けていくような気がしました。膝に力が入らず、テーブルに手をついて体重を支える形になってしまいました。いや、今はそんな格好なんかどうでもいい。ああ、よかった。ああ、よかった。本当によかった。もう落ちないんでいいんだ。心臓バクバク、足ガクガクに緊張しなくていいんだ。内定もらえるのって、こんなに嬉しいんだ。

「あ、ありがとうございます。こちらこそ、よ、よろしくお願いいたします。……あの、泣いていいですか。内定だけに」

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