1-5
自動ドアを出て通りに戻ったものの、二人は諦めきれずに病院の前をうろうろした。並んで背伸びをして、通りに面した病院の窓を覗き込む。ほとんどの窓はブラインドが下ろされていて中が見えなかったが、一つだけ、隙間から中を窺える窓があった。奥の壁に背を向けて自動販売機が並んでいて、その前には背もたれのないソファが置かれている。人影はない。
梅が思案するように唸る。どうにか中に入れないものかと考えているのだろう。当然ながら、窓には内側から鍵がかかっていた。
自動販売機の飲み物の中に、好物の林檎ジュースのパッケージが見えた。林檎は、本物の林檎を食べたことがない。食べ物も飲み物も、味わうため、もしくは栄養を摂取するために最適な状態になって提供される。普段飲んでいる林檎ジュースは目が覚めるように美味しいが、本物の林檎が入っているかどうかは怪しいところだ。
ああ、喉が渇いた。
そう思うと、あの林檎ジュースがとても飲みたくなってきた。口の中には、さわやかな酸味と甘さがよみがえる。林檎は、自動販売機で林檎ジュースを買い、蓋を開けて、その場でごくごくと喉を鳴らして飲む光景を思い描いた。
悲鳴が聞こえた。
自分が発したのか、梅が発したのかは分からない。
ただ、確かに理解したのは、自分が、たった今まで窓の外から見ていた自動販売機の、まさに目の前に立っているということだ。
林檎は素早く辺りを見回す。人の気配はあるものの、病院の廊下はがらんとしている。今のところ、誰にも見つかってはいない。林檎は、窓の外で目を丸くしている梅の元へ駆け寄った。
「どういうこと??」
梅は両手で頭を挟むようにして、分かりやすく混乱している。
誰かに見咎められたら大変だ。林檎は焦り、飛びつくように窓を開ける。とにかく元の場所に戻らなければ。林檎は窓から身を乗り出す。その高さに恐怖を感じたが、そんなことも言っていられない。ずり落ちるように外へ出るのを、梅が支えて助けてくれた。
「待って、鍵を開けたから人が来るんじゃない」
思わず「なんで今さら言うのよ」と身勝手な文句が口をついて出そうになる。梅の言う通り、センサーの設定によっては、内側から鍵を開けた時にも信号が走ることがあるのだ。林檎と梅はそそくさと逃げだした。
念のため十二区画まで戻ると、二人は林檎の部屋へ向かった。部屋の傍の、崩れていた廊下はすでに封鎖され、太陽光が入らないようになっている。林檎の部屋はこれまで通り使えるようだ。
小さなソファに体を寄せ合って座ると、梅は林檎の二の腕をがっちりと掴んだ。梅は話したいことがある時、いつもこうやって相手を逃さないようにする。
「さっきのは、やっぱり瞬間移動だよね?」
「たぶん」
「どうやってやったの?」
「分からない」
帰りのレールキャブの中で、林檎は努めて冷静に状況を把握しようとしたのだが、現実とは思えないようなことがどうして自分の身の上に起こるのか、さっぱり分からなかった。ただ窓の外から病院の中を覗いていただけなのに、気づけば病院の中へ一瞬で移動していたのだ。
「やってみて!」
「そんなこと言われても」と言いつつ、林檎は部屋の隅の床をじっと見つめ、頭の中で「移動しろ!」と唱えてみた。
変化はない。
「真面目にやってる?」
「やってるよ」
なんだか気恥ずかしくなって、笑いが込み上げてくる。梅もつられて笑い、二人は肩をぶつけ合った。
「よし、ひとつずつ考えてみよう」
梅は昔の漫画に登場するキャラクターのように、人差し指をぴんと立てた。
「まず原因」
「初めて起こったのが昨日だから、隕石の件と関係してるのかな」
林檎は心当たりを挙げる。どちらも非日常的な出来事だという繋がりがある。
「隕石に秘められた未知の力によって、リンちゃんが超能力者になったってこと?」
「うーん」
なんとなく肯定するのが恥ずかしくて、林檎は曖昧な笑みを浮かべる。
「そうなると、他にも超能力者がいるかもしれないよね。それに、元々超能力者だったリンちゃんが、昨日の事件をきっかけに能力に目覚めた、というのも考えられる」
「まさか」
自分が特別なわけがないという先入観から林檎は笑った。しかし、この件について納得のいく他の説明は思いつきそうにない。
「あ!」
梅はさっきよりもいっそう目を輝かせる。
「私に力があって、無意識にリンちゃんを瞬間移動させたという考え方もあるね」
「なるほど。梅じゃなくても、他の誰か、もしくは何かの影響で移動しちゃったのかも」
梅が林檎の方を向き、じっと睨み付けてきた。
「なによ」
何か気に触ることを言ったかしらと思ったが、梅はやがてしかめっ面をやめ、「無理か〜」とため息をついた。
「リンちゃんを瞬間移動させようと思ったんだけど」
よほど超能力者になりたいらしい。
「もしやるなら、先に言ってね」と思わず林檎は忠告する。
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