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「あ、『まちよつ』は太陽じゃないかな」


 翌日、病院へ向かうレールキャブの向かいの座席で、林檎は梅に言った。梅は自身の携帯端末を取り出し、その言葉を確かめるように画面を操作する。


「ほんとだ。そうかも」


『まちよつ』と『たいよう』は、入力する時の指の動きが似ている。


「太陽を見た直後にメッセージを送ったことを考えると、あの時の状況に繋がりがある単語だよね」


 レールキャブの中は薄暗く、オレンジ色の明かりが灯っていて、眠気を誘うほど乗り心地が良い。小さな窓からは、ほとんどトンネルの内側しか見えないが、駅で待っている人を眺めるのも悪くない。


 二人が向かっている二十八区画には、この国で最も大きな病院がある。国のシステムにアクセスして木蓮の情報を調べたところ、彼女がその病院にいるということが分かった。


 二人は木蓮に会うため、お見舞いの花を買い、レールキャブに揺られているところだった。彼女との連絡は、相変わらず途絶えたままだ。


 お見舞いに何を持っていくべきなのか迷ったが、視力を失った人に対する最適なサポートは病院で用意されているだろうし、欲しいものがあれば取り寄せできるはずだ。特に気の利いたものは思いつかなかったので、小さな花束を買った。一か月間花を咲かせ続ける種類で、香りを楽しむことができるものだ。


「『はなかむま』は何だろ」


「はなかむま……」


 声に出しながら、実際に携帯端末に文字を打ち込んでみる。しかし、これといった言葉は思いつかない。


「『太陽を見た』は違うし『太陽は眩しい』も違うし」


「着いた」


 レールキャブが静かに駅に到着し、梅はぴょんと立ち上がった。


 梅には、オカルトやフィクションの話を一度始めると、夢中になって止まらなくなるところがある。隕石が落ちたり、瞬間移動と思われる現象が現実に起こったりしたことで、梅の興奮は最高潮なのではないかと思っていたが、案外落ち着いているようだ。林檎と同じで、木蓮に会ってみないと気が休まらないのかもしれない。


 駅から少し歩き、病院に着いた。受診用や救急用の入口は駅の近くに設けられていたが、木蓮のいる場所へ行くには、面会用の入口を使う必要がある。面会用の入口は、広い通りに面していた。この国の溝に当たる通りだ。通りの両側の壁には、街灯と窓が等間隔で並んでいる。


 上を見ると天井は遥か遠くで、林檎はバランスを崩しかけて片足を後ろに引いた。林檎は生まれてから一度も、あの天井が開いているところを見たことがない。つまり、本物の空を見たことがない。


 面会用の入口に近づくと自動ドアが開き、すぐに受付用のパネルがあった。林檎の部屋と同じくらいの広さのこの空間には、そのパネルと、病院の中へ入る自動ドア以外のものは何もなかった。


 パネルを操作し、木蓮の情報を入力してみると、『面会不可』と表示された。


「なんでよ」


 もう一度同じ操作をしたが、表示は変わらない。当然、その先の自動ドアは開かない。


「どうしよう」


「どうしようもなさそうだね」


 二人はパネルの前で途方に暮れたが、コンピュータが相手なのでどうすることもできない。他の誰かが病院に入る時に一緒に入るという手段が使えるような、杜撰なシステムではないのだ。


「人を呼ぼう」


 梅の提案に対して、林檎は難しい顔をした。パネルには、病院で働いている人を呼び出すための操作が用意されている。しかし、これは自動ドアが物理的に壊れた場合などの、非常事態に使うものだ。人を呼び出しても、その人がコンピュータの判断を変えることはできないだろうし、おそらく怒られることになるだろう。


「私が話すから大丈夫! ポチッとな」


 林檎の様子を気にも留めず、梅は呼び出し用のボタンを押した。『ポチッとな』なんて、昔のアニメでしか聞かない台詞だ。林檎は思わず呆れたような、それでいて少し可笑しいような顔をした。


 しばらく待っていたら、天井から男性の声が降ってきた。


「はい、どうされました」


「訊きたいことがあるのですが」


「はい」

 声の主は戸惑いを含んだ声で返事をする。呼び出しされること自体が珍しいことなのだろう。


「九区画の木蓮がここに入院しているんですけど、面会不可になっているんです。理由を教えてくれませんか」


「え? 理由、ですか」

 相手は明らかに戸惑っている。


「面会不可と表示されているなら、面会不可ですね」

「その理由を知りたいんです」

「それはコンピュータが判断したことなので、誰にも分かりませんよ」


 分かりきったことだとばかりに、声の主は言う。我々人間は、コンピュータの判断に従うことしかできない。コンピュータのやることに対して、疑問を投げかけることすらできないのだ。


「調べてもらうことってできませんか」


「あなたにできないように、僕にも、誰にも、できません」


 男性は諭すような口調で言った。梅のことを、無知な子供だと思ったのかもしれない。梅はあっさり諦め、話題を変えた。


「ちなみに、こっそり中に入れてもらうことはできませんか?」


「何を言っているんですか」


 声の主は、からかわれていると思ったのか、通信を切りたがっているようだ。


「無理ですか」

「無理です。ドアを開けるかどうかも、当然コンピュータが判断するので」

「そうですよね」

「もうよろしいですか」

「はい、すみませんでした」


 梅が言い終わらないうちに、通信が一方的に切れる音がした。


「やっぱりだめか」


「だね。梅、ありがと」


一応、お礼は言っておく。

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