1-4
「あ、『まちよつ』は太陽じゃないかな」
翌日、病院へ向かうレールキャブの向かいの座席で、林檎は梅に言った。梅は自身の携帯端末を取り出し、その言葉を確かめるように画面を操作する。
「ほんとだ。そうかも」
『まちよつ』と『たいよう』は、入力する時の指の動きが似ている。
「太陽を見た直後にメッセージを送ったことを考えると、あの時の状況に繋がりがある単語だよね」
レールキャブの中は薄暗く、オレンジ色の明かりが灯っていて、眠気を誘うほど乗り心地が良い。小さな窓からは、ほとんどトンネルの内側しか見えないが、駅で待っている人を眺めるのも悪くない。
二人が向かっている二十八区画には、この国で最も大きな病院がある。国のシステムにアクセスして木蓮の情報を調べたところ、彼女がその病院にいるということが分かった。
二人は木蓮に会うため、お見舞いの花を買い、レールキャブに揺られているところだった。彼女との連絡は、相変わらず途絶えたままだ。
お見舞いに何を持っていくべきなのか迷ったが、視力を失った人に対する最適なサポートは病院で用意されているだろうし、欲しいものがあれば取り寄せできるはずだ。特に気の利いたものは思いつかなかったので、小さな花束を買った。一か月間花を咲かせ続ける種類で、香りを楽しむことができるものだ。
「『はなかむま』は何だろ」
「はなかむま……」
声に出しながら、実際に携帯端末に文字を打ち込んでみる。しかし、これといった言葉は思いつかない。
「『太陽を見た』は違うし『太陽は眩しい』も違うし」
「着いた」
レールキャブが静かに駅に到着し、梅はぴょんと立ち上がった。
梅には、オカルトやフィクションの話を一度始めると、夢中になって止まらなくなるところがある。隕石が落ちたり、瞬間移動と思われる現象が現実に起こったりしたことで、梅の興奮は最高潮なのではないかと思っていたが、案外落ち着いているようだ。林檎と同じで、木蓮に会ってみないと気が休まらないのかもしれない。
駅から少し歩き、病院に着いた。受診用や救急用の入口は駅の近くに設けられていたが、木蓮のいる場所へ行くには、面会用の入口を使う必要がある。面会用の入口は、広い通りに面していた。この国の溝に当たる通りだ。通りの両側の壁には、街灯と窓が等間隔で並んでいる。
上を見ると天井は遥か遠くで、林檎はバランスを崩しかけて片足を後ろに引いた。林檎は生まれてから一度も、あの天井が開いているところを見たことがない。つまり、本物の空を見たことがない。
面会用の入口に近づくと自動ドアが開き、すぐに受付用のパネルがあった。林檎の部屋と同じくらいの広さのこの空間には、そのパネルと、病院の中へ入る自動ドア以外のものは何もなかった。
パネルを操作し、木蓮の情報を入力してみると、『面会不可』と表示された。
「なんでよ」
もう一度同じ操作をしたが、表示は変わらない。当然、その先の自動ドアは開かない。
「どうしよう」
「どうしようもなさそうだね」
二人はパネルの前で途方に暮れたが、コンピュータが相手なのでどうすることもできない。他の誰かが病院に入る時に一緒に入るという手段が使えるような、杜撰なシステムではないのだ。
「人を呼ぼう」
梅の提案に対して、林檎は難しい顔をした。パネルには、病院で働いている人を呼び出すための操作が用意されている。しかし、これは自動ドアが物理的に壊れた場合などの、非常事態に使うものだ。人を呼び出しても、その人がコンピュータの判断を変えることはできないだろうし、おそらく怒られることになるだろう。
「私が話すから大丈夫! ポチッとな」
林檎の様子を気にも留めず、梅は呼び出し用のボタンを押した。『ポチッとな』なんて、昔のアニメでしか聞かない台詞だ。林檎は思わず呆れたような、それでいて少し可笑しいような顔をした。
しばらく待っていたら、天井から男性の声が降ってきた。
「はい、どうされました」
「訊きたいことがあるのですが」
「はい」
声の主は戸惑いを含んだ声で返事をする。呼び出しされること自体が珍しいことなのだろう。
「九区画の木蓮がここに入院しているんですけど、面会不可になっているんです。理由を教えてくれませんか」
「え? 理由、ですか」
相手は明らかに戸惑っている。
「面会不可と表示されているなら、面会不可ですね」
「その理由を知りたいんです」
「それはコンピュータが判断したことなので、誰にも分かりませんよ」
分かりきったことだとばかりに、声の主は言う。我々人間は、コンピュータの判断に従うことしかできない。コンピュータのやることに対して、疑問を投げかけることすらできないのだ。
「調べてもらうことってできませんか」
「あなたにできないように、僕にも、誰にも、できません」
男性は諭すような口調で言った。梅のことを、無知な子供だと思ったのかもしれない。梅はあっさり諦め、話題を変えた。
「ちなみに、こっそり中に入れてもらうことはできませんか?」
「何を言っているんですか」
声の主は、からかわれていると思ったのか、通信を切りたがっているようだ。
「無理ですか」
「無理です。ドアを開けるかどうかも、当然コンピュータが判断するので」
「そうですよね」
「もうよろしいですか」
「はい、すみませんでした」
梅が言い終わらないうちに、通信が一方的に切れる音がした。
「やっぱりだめか」
「だね。梅、ありがと」
一応、お礼は言っておく。
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