1-2
変化は、突然やってくる。
はじめに聞こえたのは、耳をつんざく高い音。瞬時にその音は増幅し、とんでもないことが起こるという確信が身体の芯を冷やした。ビリビリと空気が震え、巨大な物同士がぶつかるような轟音が近くで炸裂する。それと同時に地震が起こる。
林檎は跳ね起き、携帯端末を手に取った。
「木蓮?」
今のはなんだろう。
ごろごろと瓦礫のぶつかるような音と、高く響く音がまだ続いている。地面の揺れも、まだ残っていた。林檎はベッドから動けずにいた。
木蓮からの応答はない。どうやら、携帯端末を握った拍子に通話が切れてしまったらしい。画面を見て、林檎はそう察した。
自室を出て廊下を見回すと、同じように何事かと廊下に出てきた人々が数人いた。誰も事情を把握していないようだ。廊下の空気にうっすらと砂塵が舞っている。
「こっち! 崩れてる」
その声を聞き、隣の廊下の様子を見に行くと、先の方が瓦礫で埋もれていた。崩れているのは、林檎の部屋のすぐ傍のようだ。一体何が起こったのだろう。原因はまだ分からないが、運が悪ければ林檎の部屋にも被害があったかもしれない。電気の配線が切れたのか、その付近の明かりが消えている。
「これ、危ないんじゃないか」と誰かが言うと、人だかりが一斉に後退りした。
今は暗いが、もしかしたら何かの弾みで太陽光が差し込んでくるかもしれない。林檎が踵を返すと、視界の端が明るくなった。やはり、崩れていたところから光が差し込んできたのだ。林檎は反射的にその場から飛び退いた。ばたばたと逃げる足音が後に続く。
自分の部屋と随分離れてしまったことを後悔しながら、林檎は梅のことを思い出した。彼女は同じ十二区画に住んでおり、今いる場所からそれほど遠くないはずだ。
「梅!」
すれ違う人々の中に梅を見つけ、声をかける。彼女もまず林檎のことを思い出してこちらへ向かっていたようだ。
「リンちゃん~」
梅は頬を紅潮させ、息を整えている。眼鏡の上で切り揃えた前髪が、丸いおでこに貼り付いている。
「梅、大丈夫?」
「私は大丈夫。リンちゃんは?」
梅は、ずり落ちかけた眼鏡を押し上げながら尋ねる。
「大丈夫。でも少し太陽光を浴びたかもしれない」
林檎は手の甲や顔などに触れながら、自分の具合を確かめた。梅も林檎の周りを回り、全身を確認する。どうやら、なんともなさそうだ。
「何か情報は?」
それぞれ、携帯端末を取り出して操作する。しかし、国からはまだ何の情報も公開されていないようだ。
二人は、とりあえず広場へ向かうことにした。この国を縦横に走る深い溝は主要な通りになっており、これらの溝によって区切られた地域を区画と呼んでいる。それぞれの区画につき、ひとつずつ広場が設けられており、その区画で暮らす住人が、待ち合わせや集会のためによく使っている。広場の天井からは人口日光が降り注ぎ、普段であれば軽い運動や日向ぼっこができる場所だ。非常時に人が集まるとしたら、まずはそこが考えられるだろう。
十二区画の広場に到着すると、溢れんばかりの住民がいた。みな落ち着かない様子で、携帯端末を覗き込んだり、広場の壁に設置された掲示板を見上げたりしている。
こんなに人が集まっているのは、初めてのことだ。人々は普段、事故や事件には無関心だが、今回ばかりは部屋から出てきたらしい。さっきの音と振動を思い返すと、無理もない。原因が分からないままでいるのは不安なのだろう。
掲示板に速報が表示され、広場にざわめきが広がった。
『九区画と十二区画の一部が崩壊 いん石か』
「隕石?」
梅が素早く囁く。
「隕石……」
じわりと染み出るように湧いた興奮が、あっという間に全身に広がる。
生まれて初めてのイレギュラー。もしかしたら、私の人生はまだ面白くなる余地があるのかもしれない。林檎は瞬時にそう考えた。指先がむずむずしてきて、林檎は静かに指を曲げ伸ばしする。
事情を掴めたためか自室に戻る人がちらほらいる中、九区画と十二区画の崩壊した範囲が掲示板の画面に表示された。再びどよめきが大きくなる。想像していたよりも、ずっと広い範囲だ。死人が出たのは間違いない。広場のあちこちから、いくつかの悲痛な叫びが上がった。
「レンレン」
梅がそう呟き、林檎の手首をぎゅっと握った。浮ついていた気持ちが一気に失せ、林檎は自分の不謹慎さを呪う。九区画には木蓮がいる。画面に目を走らせると、木蓮の部屋は崩壊した範囲のちょうど境目あたりだった。
連絡をしようと携帯端末を見ると、メッセージが届いていた。
「木蓮からメッセージが届いてる」
梅と一緒に、携帯端末の画面を覗き込む。
『まちよつはなかむま』
意味を掴めないその文言以外、画面には何も書かれていない。
「なにこれ?」
その文字列はどことなく不気味で、二人は沈黙する。林檎はすぐさま木蓮に通話をかけた。
「……出ないね」
二人は顔を見合わせ、もう一度その不気味な文字列に視線を落とす。「まちよつはなかむま」と、梅が小さな声で読み上げる。やはり、意味は分からない。打ち間違えたのだろうか。
「行こ」
梅が人の合間を縫うように歩き出し、林檎もそれに続いた。九区画の広場へ向かうのだ。無事であれば、木蓮もきっとそこにいるだろう。
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