序章 ダメ忍者と戦国武将
第1話 私の推しは戦国武将
姿を消した後も、彼女の背中を追い続ける者は数知れず。特に彼女は同世代女子の憧れの的だった。
堕ち忍者……通称ダメ忍者になるまでは――。
「鬼雛姫に会ってみたい」
わくわくと期待に満ちた声で、親友の
その女子たちの中に、
春の木漏れ日の中、宴は行われる。
(そんなに有名になっているなんて……)
長閑は口をギザギザさせた。高校生になってできた女子の友達はみんな、噂話が大好きだ。流行に疎い長閑にとって流行を教えてくれるのはとてもありがたいことなのだが、どうも“忍者”の話だけは聞いていられない。
「すっごい美人なんでしょ?ま、長閑ちゃんには敵わないだろうけど」
李里香の声に長閑は思わず飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになった。
「李里香はほんと忍者の話好きよね〜」
他の生徒たちは笑いながら言う。李里香はそれにえへへと返している。彼女の笑顔は誰も傷つけない。太陽のような笑顔だ。
時は令和、現代の日本には忍者が存在している。
匿名で潜入捜査などを行う諜報員組織。それが現代の忍者である。メンバーは基本、戦国時代から続く忍者一族の末裔で、一般人が忍者の者と関わることは結婚以外の行事ではまずあり得ない。
ジェンダーレスのこの時代、忍者は男性であれ女性であれ”忍者”と呼ばれる。昔ながらの呼び方でなくなってしまったのは非常に痛ましい話だ。
数ある忍者の中でも人気を集め、みんなから慕われている謎の女忍者、それが鬼雛姫である。
(と、とてもじゃないですが、真横にいますとは口が裂けても言えませぬ!!)
長閑は急いで残りのコーヒーを飲み干した。心を落ち着かせるためである。
少し古風な話し方に綺麗で長い黒髪、そして黒いタイツで包んだ長い脚――野村長閑、彼女こそが鬼雛姫の正体だ。もちろんそのことを知っている生徒はここにいない。
そして、今日クラスメイトたちに見送られるのは長閑である。
彼女の転校の理由を知っている生徒はこの世界に存在しない。
「みなさん、今日は私のためにありがとうございました」
深くお辞儀をすると、生徒たちは泣きながら寄せ書きなどを長閑に手渡した。寄せ書きには「向こうでも頑張ってね」と書いてある。長閑は思わず微笑んだ。
お別れ会を終えて、長閑は真っ直ぐ家に帰る。
「ただいま戻りました」
同世代女子の憧れの的で、かなりの美貌の持ち主。そんな忍者、鬼雛姫。
彼女は、やってはいけないことをした。
敵忍者の男性に恋をしてしまったのだ。
その男性には結婚相手である女性がいたそれなのにも関わらず、鬼雛姫は愛故に、その男性を殺してしまった。
それ以来、男性忍者の結婚相手の女性から愚痴られ、呪いというおまじないをかけられた。
『このおまじないなら恋が実るのよ』
全部、嘘だった。
鬼雛姫はその美貌故に数々の男性からアプローチを受けた。それなのに愛を拒んだ。彼女に振られた男たちは揃って遺族の女性を応援した。
それきり鬼雛姫は、恵まれた忍者としての才能を奪われたのだった。
鬼雛姫ではなくなった長閑を見てくれる人なんてここにいない。
「……」
その証拠に、自分へ向けられる冷たい視線。
両親は長閑のことが嫌いだ。
長閑には忍者として出来の悪い兄が一人だけいる。その兄は長閑のことを愛してくれていた。しかし今は結婚を理由に東京へ引っ越している。
兄に比べ出来の良かった長閑は両親の期待の星だった。それなのに恋なんてしてしまうから、いつの間にか自分への愛は潰えてしまっていた。
それきり自分は使用人のように扱われている。
当然の結果だった。
以前に比べて体力が全くない。見た目こそ変化していないのに、握力も落ち、足も遅くなった。
そんな長閑に価値はない。
食卓はいつでも静かで悲しい。それでも今日は賑やかだった。
「長閑、もう出ていってくれないか」
いつも思う。自分が男だったらなと。
男に生まれてさえいれば……。
(吾子が男でなかっただけなのに、私はあのような冷たい視線を向けられるのですか……)
長閑は虚しい気持ちをいつも感じていた。父親を普通の父親として、父と娘として見ていたい。それなのに、彼はそれを許さない。
長閑の長い髪の毛を見るたびいつも父親は怪訝そうな目つきをしているのだ。
「なぜゆえ父上はそのように申し上げるのでしょうか、私は今の生活をとても楽しく感じておりますが」
父親は勢いよく味噌汁を吸う。そして鋭い目つきで長閑を睨みつけた。
「お前はこの野村家に必要ないんだよ!この役立たず!!」
お椀が投げつけられ、べちゃっと味噌汁が顔中にかけられた。少し冷めていたので火傷にまでは至らなかったが、かなり熱い湯だったし、愛していた父にこのようなことをされるのは辛かった。 長閑は笑顔を作り上げると、貼り付けるように浮かべる。
こうなる気はしていたから、そこまで抵抗なんてなかった。
野村長閑は齢16歳にして自分の家を旅立った。そして、電車やバスに乗り渡り、東京へ向かった。
もう誰からも愛されない。
そんな自分の辛い現実を忘れさせてくれるのは、とある図鑑の存在だった。長閑はカバンの中からその図鑑を取り出す。
【戦国武将 完全図鑑】
戦国時代に活躍した武将――略して戦国武将。そんな歴史上の篤き男たちの闘いや人物像が細かく描かれた図鑑である。彼女が戦国武将を知るきっかけとなったのは、古本屋で偶然見つけたこの図鑑だった。
表紙の兜を被った男たちにひどく惹かれ、いつの間にか購入してしまっていたのがこの図鑑だ。
そのため歴史の授業には期待していた。
だというのに、この時代の歴史の教科書では、戦国時代を習えないということが、学校で配布された歴史の教科書を見てわかってしまった。調べたところ、彼らが教科書から姿を消したのは長閑が生まれる約20年前の頃だったらしい。
それでも長閑は武将が大好きだ。現に自作のブロマイドケースには大好きな武将たちの旗印などを描いたものを入れている。
風林火山や桐紋、水色桔梗に竹飛び雀、毘沙門天の毘の文字……。どれも宝物。
戦国武将は長閑の『推し』なのだ。
絶対に出会えない遠き存在。長閑はそんな彼らに想いを馳せていた。
すなわち、かなりの歴女である。
〈〜♪〉
カバンの上に置いていたスマホが突然音を立てて震えた。慌ててスマホを確認する。長閑にメッセージを送信したのは兄の
〈長閑、元気にしてるか?〉
メッセージとともに送られてきたのは兄の結婚式の写真だった。結婚してから一ヶ月は経ったというのに何を今さら……と長閑は思う。しかし兄が自分に自慢などしてくるはずがない。
〈引っ越すんだって?〉
メッセージが送られてくる。長閑はそれに対して正直に返事をした。
〈そうか一人暮らしか〉
〈心配なんだ、長閑のことが〉
〈でも俺は弱いから長閑を守るなんてできない〉
〈だから長閑を守ってくれる人を探したんだ〉
立て続けに送られてくるメッセージ。長閑はそれを必死に目で追う。
〈俺だけ幸せになるなんて、俺にはできない〉
〈長閑はいい奴だから〉
〈どういうこと?〉既読
耐えきれず長閑はメッセージを送信する。すぐに既読がついた。
〈ボディーガードを雇うことにしたんだ〉
〈長閑の幸せのために〉
長閑はため息をつく。また変なアニメでも見てその影響を受けているのだろうか。そもそも現実世界でボディーガードなんて政治家ぐらいにしかついていないだろう。兄はいつでも自分を笑わせる。
〈三月十六日の金曜日〉
〈長閑の新居に来てもらうことにしたんだ〉
〈しかも
〈長閑の花嫁姿楽しみだな〉
なんだか話がごちゃごちゃで理解できない。突然日付を言い出したかと思いきや、花嫁姿がどうとか言い出した。兄はこういうことが多いが今日は異常である。
スマホを閉じると長閑は窓の外に視線を移した。そろそろ駅につきそうだ。
電車から降りると、長閑はスーツケースとカバンを揺らしながら街を歩きはじめた。さすが東京、目まぐるしいほど人が多い。
そして少し進んだところ。大通りに出ると、大きな公園が長閑と向き合っていた。綺麗な噴水からは、透明な水が輝いている。ぽつんと配置されている青いベンチがまた美しい。
本当ならもう少し観光していきたいところだが、そんな暇はなく、長閑はすたすた歩いて行った。
途中、車に轢かれそうになっていた子供を救出したり、木から降りれなくなった猫を降ろしたり、色々していたが、長閑は無事に新しい家へ辿り着いた。
表札には、「野村」と書いてある。
長閑は新居を見上げた。かなりの豪邸である。
野村家は何かと金持ちなので豪邸を買うぐらいお手の物なのだろう。それに加えて兄の結婚相手も忍者一族の者であると思うので、それらが金を出しあえばかなりの大金が集まる。
扉を開けると、実家よりは広くないものの、普通の家に比べたらかなり広い部屋が出迎えた。
私服のジャージを着た長閑は部屋の内装に似合わないが、落ち着いた内装の部屋は居心地よかった。
長閑は女子力が低すぎる。
長閑は自分の髪の毛がサラサラストレートだったので助かっているが、髪の毛の結び方がいまいちわからない。
その上部屋は汚いし、料理も人並み以下。そんな長閑に両親は飽き飽きしていた。
だから、できる限り知らない人とは男女問わず関わりたくないのに。もしも兄のメールの内容が本当ならば大変なことだ。
三月十六日に、この家にボディーガードさんがやってくる。
いやそんなことないだろうと長閑は思うようにした。
――いざその時が来たとなると、人はこれほど焦るものなのか。
長閑はその場で硬直していた。今日は三月十六日の金曜日。天気は綺麗な晴れ。
「どうしましょう、どうしましょう!!!!」
長閑はそれしか言えなかった。何をしてもてなすのが正解だとか全くわからない。
ピンポーン
と悲惨なチャイムの音が響く。長閑は息を殺して、忍び足でインターフォンへ向かった。
《どうも、『ボディーガードのアットホーム』から来た者ですが……》
女にしては低い、男にしては高い声がインターフォンから聞こえてくる。良かったまともな人っぽいぞ。
待たせるのは良くないので急いで玄関へ向かう。そしてドアノブを握る。
「え……?」
長閑は思わず声を漏らす。
そこにいたのは五人の男子。年齢は長閑より一つ上か同い年か。まあ即ちすごく若い男子。全員揃って白ランを着ていて、その白ランにはどこか既視感のある紋章が描かれている。
(え……?やはり……いいえ、そんな、まさか……)
長閑は目を見開き、その紋章を見つめた。五人とも全員違うデザインでそれはどれも――。
「戦国武将の旗印……」
小声で呟く。それは桐紋や風林火山、毘沙門天の毘の字に、竹飛び雀、そして水色桔梗……とどれも武将の使っていた旗印にそっくりだったのだ。
すると茶髪の青年が「ま、はいろ?」と入室を催促した。確かに屋外で話すよりも室内で話す方がいいだろう。
リビングルームへ案内して、とりあえず椅子に腰掛けてもらう。申し訳ないが机越しでの対面になる。
初対面の人にソファーに腰掛けてもらうのもどうかと思ったので、悩んだ末、椅子に座らせた。これも正直どうかと思う。
しかししばらく沈黙が続いた。
「とりま自己紹介しよっか!」
先程、長閑に催促してきた明るい茶髪の男子が口火を切る。長閑はそれに乗っかった。
「野村長閑といいます。よろしくお願いします」
長閑は深々と礼をする。それを見て五人は顔色を変えた。
「長閑ちゃんね、よろしく!俺は
意地悪そうににっと笑う茶髪の青年――秀吉。その言葉に長閑は目を見開いて驚いた。
「豊臣秀吉!?」
心の底から叫ぶ。すると秀吉は少し驚いたような表情を浮かべて、再度笑った。まるで犬のような人懐っこい笑顔である。
はきはきとしたよく通る声は聴いていて心地よい。
しかし彼の名前、今彼は本当に「豊臣秀吉」と言ったのだろうか。豊臣秀吉と言ったら、戦国の乱世を統一し、夢を築き上げた天下人だ。信長に猿とかハゲネズミと呼ばれていたという話は有名だが、今ここにいる秀吉は犬みたいな可愛らしい癒し系の男子だ。とても秀吉とは思い難い。
「それは誠でございますでしょうか?」
長閑は目を輝かせて秀吉に詰め寄った。すると彼はニコッと笑い、長閑の肩に腕を回した。
「そだよ!俺は元
長閑は首を傾げた。どうやら自分が思っている秀吉とこの秀吉は別物のようだ。
長閑は安堵半面、つまらなさ半面で秀吉を見ていた。しかし逆にあの秀吉と別物でよかったかもしれない。もしも彼が本物の秀吉だったら、おそらく自分の心臓が持たないからだ。
「そ、そうだね……そっち?」
すると眼鏡をかけた黒髪の青年が苦笑いを浮かべる。しかし彼はどこか挙動不審で、周りの生徒たちの様子を怯えながら伺っているように見える。きっと臆病なことに間違いはないだろう。長閑は彼を見ていて虚しくなった。
彼は秀吉のパシリなのだろうか。そういう風な目で一度でも見ると、それにしか見えなくなるのが難点だ。
「あ、えっと……ぼ、僕は
眼鏡の男子生徒は長閑を見て不器用に微笑んだ。前髪の隙間から綺麗な翠色の瞳を覗かせる彼は、きっとかなり整った容貌の持ち主だろう。
「明智光秀!?」
明智光秀。戦国時代の
「此奴はマジで取り扱い注意だからね、お気をつけ」
笑いながら秀吉が警告する。彼の言葉に、眼鏡の青年――明智は顔を赤くしながら戸惑っていた。ぺしぺしと秀吉の頭を叩いている。
「僕は喧嘩したくないかなぁ……」
苦笑いを浮かべて秀吉にいう明智。確かに彼はあまり争い事を好みそうにない。さっきからどこまでいっても偏見なのは申し訳ないけれど。
「俺も喧嘩したくなーい」
明智の後ろから彼に抱きつくのは焦げ茶色の髪の男子。
少し気怠げな顔をしている。しかしかなりの美形だ。
「
「ん」
一文字で返す伊達。彼はまるで猫のように身体を伸ばすと、天を仰いだ。暖かい春の日差しで日光浴しているようだ。
「彼は
と明智の解説が入る。長閑は目を丸くした。
(だだだ、だだ、伊達政宗!?)
伊達政宗。東北に現れた
彼は幼い頃に
しかし目の前にいる彼は猫っぽくてあまり人に干渉しないタイプのような青年だ。これは消極的っちゃ消極的なのだろうか。
「僕も混ぜてくれないかい?」
色素の薄い髪の青年がふわっと現れる。黒いパーカーをブレザーの下に着用していて、その大きなフードを被った青年は優しくも甘い微笑を秀吉に向けていた。彼の見た目はまさに草食系男子。
「僕は
上杉のコーヒーに乗ったホイップクリームのような甘い笑みがこちらへ向けられる。なるほど、女性人気が高そうだ。
「はぁ……」
「ふふっ
赤黒い色の髪の毛をした男子、武田がため息をつく。その彼を見て、フードを被った青年はおかしそうに笑っていた。まるで恋人に接するかのようにからかっているみたいだ。
長閑は身を震わせた。
武田信玄。
そのあまりの強さから、あの徳川家康も彼を恐れており、ついた異名は『
そして上杉謙信。信玄のライバルとして後世に語り継がれている、
単体では絶対出会いたくない武将、彼の異名は『
※たまに『越後の
(これは夢ですか?)
長閑の心臓は高鳴っていた。この時代に戦国武将と同姓同名の人が存在していたなんて。
「僕たちお前のボディーガードに任命されたんだよね、よろしくです」
上杉の優しい笑顔が長閑へ向けられる。彼の笑顔にはどこか蠢くものを感じる。あまり関わらない方が良さそうだ。
それに初対面の人に向かって「お前」とは、彼は見た目に反してかなりの不良なのかもしれない。
「あはは……よろしくね」
と明智。長閑はそれに微笑み返す。今のところ長閑は彼ぐらいしかまともな人間を見ていない。
武田はすぐに顔を赤くしてしまった。彼は急いでその顔をヘルメットで隠す。長閑は何か変なことをいってしまったのではないかと焦った。
「全く、武田はシャイだなぁ」
揶揄うように上杉が笑った。
「でもすごいね、野村さん!僕らに取り囲まれても取り乱さないなんて」
メモ帳にメモを取りながら、明智が長閑を観察する。あまりジロジロと見られたらくすぐったいのであまり見ないで欲しい。
「僕、強い人大好きでさ……」
目を輝かせる明智。長閑はさらに焦った。実際自分は強いのだが、それを彼に言ってしまったら長閑が
「あー!みっちーずるいじゃん!!俺にも嗅がせて!」
「嗅いでない!!」
良くも悪くも仲良さげな明智と秀吉が言い合う。そんな二人の姿をやれやれと見つめる上杉。
「そういえばかっこいいお召し物ですね」
長閑は言う。長閑は五人の白ラン(?)が気になっていた。
秀吉は自分の白ランの右胸を指さす。
「変なマークでしょ?これ姐さんに作ってもらったの」
彼の指先には豊臣氏の家紋である
長閑はまた身震いした。そこまでそろえてしまうのかと。
そして明智の方を見る。彼の左胸にも似たようなマークがあり、それは水色で
「なんと……」
長閑は言葉を失った。長閑はノリで武田の服にも目を向ける。彼の服の右腕には刺繍で「疾如風徐如林侵掠如火不動如山」と書いてある。これは武田信玄が掲げた旗印の象徴。「
伊達の白ランには背中に大きく竹飛び雀の紋が描かれている。この紋は現代では政宗ゆかりの地である仙台のシンボルにもなっている。彼がどれくらい民に慕われていたのかがよくわかる。
「ほぉ……」
上杉は黒いパーカーを学ランの下に着ているので一瞬分かりにくかったが、武田とは逆の左腕あたりに「毘」と書かれている。この「毘」は戦いの神、毘沙門天のことである。このことから上杉謙信は自らを毘沙門天の生まれ変わりと称していたと言われている。それに準じた強さを誇るのだから仕方ない。
「す、すごい……」
長閑は目を輝かせた。
長閑はだんだん自信がなくなってきていた。自分が驚いても、誰もパッとした返事はしないし、そもそも……自分のボディーガードが全員、
(……偶然なんてありあえるんでしょうか……?)
「ところで長閑さん、僕たち同い年だし、全然タメ語で大丈夫だよ」
戸惑う長閑の様子をいち早く察したのは明智だった。すぐに話を変えてくる。これは長閑に渡された助け舟だと思って乗り込むしかない。
「え、同い年……?」
これにはかなり驚いた。秀吉は同い年だと分かっていたが、彼のことはてっきり年上かと錯覚していた。
「そだよー!俺たちみんな今年で高二だから!!」
朝校庭で出会った時のように、秀吉は長閑の肩周りに腕を回してきた。これは彼なりの仲良くなり方なのだろうか。
「ってことになってるんだよね」
上杉がいう。それを聞いて長閑は首を傾げた。
「俺たち18歳だよ」
と眠そうな伊達。長閑は声を荒げる。
「先輩なんですけど!?」
それに五人は苦笑いを浮かべる。
話によると彼らは落第しまくった挙句こうなったそうだ。まだ高校を卒業していないと。
「てか俺たちのこと知らないって珍しいね」
まんまるな瞳を少しだけ輝かせた秀吉は、長閑の顔を覗き込む。思わず長閑の心臓が飛び跳ねた。
まんまるな瞳を少しだけ輝かせた秀吉は、長閑の顔を覗き込む。思わず長閑の心臓が飛び跳ねた。
(いや、そりゃまあ……思いっきり存じ上げておりますけれど……)
彼らは自分の知っている彼らと同じ名前の偉人とは別人なのだ。長閑はそう信じることにした。
長閑は黙ったまま彼らを見つめる。やはり史実の武将とは少し違う気がする。
「ま、長閑ちゃんは優しそうだしさ、
相変わらずお気楽な秀吉が誰かに対して言うわけでもなく、ただ言った。
「んだな」
「そうだね」
「う、うん……言っていいの?それ」
「さすがヒー君……」
残りの4人もなんだかんだ言って同意見らしい。果たして彼らの言う「あんな世界」とは何だろう。長閑の探究心はぐつぐつと募るばかりだ。
(き、気になります……)
遠回しな言い方をされると気になって仕方ないのが長閑という女の性質だ。気難しい顔で長閑は彼らを見ていた。
みんな雰囲気が先ほどと違う気がする。いったい何が違うのだろう。長閑は首を傾げた。
「めっちゃピアス開いてる……」
長閑は眉間に皺を寄せ、目を細めた。その時、先ほどまで髪の毛で隠れていた明智の耳元が初めて見えたのだ。その彼の姿に目を疑う。真面目そうな見た目に反して、耳にはバチバチにピアスが開きまくっている。それに目を見張ってみてみれば、髪の毛も昔染めていたのか、完全に地毛ではないように見える。
長閑の視線に気づいたのか、明智が慌てて自らの顔を両手で覆った。しかし顔を覆っても意味はない。
――何より、彼らには違和感がありすぎる。
気軽そうに長閑に接してはくるものの、全く隙がない秀吉。どこか翳りのある笑みをずっと貼り付けている上杉。見栄っ張りがすぎる武田。それに消極的な伊達……と。
ある意味ギャップというか、何というか。ここまでくると気味が悪いとまである。
「だが、本人に興味があると言うのなら、教えてやるのが礼儀じゃないかい?」
上杉の言葉に四人は目を合わせた。少し複雑そうな表情の武田だが、案外飲み込みは早いらしく、すぐに気持ちを切り替えてくれた。
「俺たち、不良だったから、まあ元ヤンってやつだ」
淡々と武田は説明を続ける。その目は憂いを帯びていた。
「生まれた時から不良なんだよ、血には抗えないって感じか」
その言葉に長閑は目を丸くした。まるで雷に背中を射抜かれたかのような衝撃だった。
「不良……とな?」
まだやはり苦笑いを浮かべたままの明智。長閑は彼の笑顔が虚しく見えてきた。
「嫌ではないのでしょうか?」
長閑の口はいつの間にか動いていた。彼らに対する興味がどんどん唆られてゆく。
「私見だからね」
「うん……僕たちの意思で決めたから……」
「そそ!なんかもうどうでもいいのよ〜どうせ結婚できるんだし」
「べりーぐっど」
武田以外の四人が長閑の考えを否定する。嫌ではないのならそれでいいのかと思う。
「にしても大きい家だね、さすが伊賀流忍者」
明智があたりを見渡しながら呟く。長閑は叫んだ。
「ななな、なにゆえそのことを!?」
顔を真っ赤にさせて叫ぶ長閑。それを見て秀吉と上杉はくすくすと笑っていた。
「まあ、結婚相手の素性くらいは知らせて貰わないと」
笑い転げる上杉の声に長閑はため息をつく。今まで隠してきたものが台無しだ。
忍者として、その素性がバレてしまうのは最悪中の最悪ではないか。
「僕たちは野村を守らないといけないから」
さっと前髪に手を掛ける上杉は、その前髪の隙間からゆっくりと目を向けてくる。長閑は彼のいいたいことがわからず首を傾げた。
「だよね……長閑さんのこと、分かってるのは僕たちだけだから」
長閑の方を優しく見つめる明智。しかし彼はどこか悲しそうな顔で俯いているようにも見えた。
「僕なんかにできるわけないよね……」
と彼はつぶやく。その目は緑色に澄んでいた。
「でもなんかいいね!俺たちの守るべきものが増えちゃった」
秀吉が長閑の顔にぐっと顔を寄せる。そして彼は可愛らしい笑顔を向ける。
「とにかく伊賀流忍者なんでしょ?すごいよ普通に」
という秀吉に明智も頷いていた。
「伊賀流ってあの鬼雛姫と同じだよね?かっこいいなぁ」
長閑は気づいた。彼らは長閑が鬼雛姫本人であること自体は知らないようだ。
「そういえば……」
秀吉が長閑に向かって笑顔を向ける。
「代金、頂戴させてもらわなきゃですねー」
と秀吉はにやにやする。長閑は絶句した。
兄の言っていたことしっかり嘘だったのか?と。
「なんてね、冗談冗談」
笑う秀吉に長閑は安堵のため息を漏らした。
「でも、一つ契約があります」
それを聞いて上杉はくすくすと笑っていた。伊達も少し笑っているような気がする。
秀吉はほくそ笑むように、長閑を見つめた。
「俺たち全員と結婚前提で暮らすことだよ」
長閑は耳を疑った。
自分の『推し』が、今目の前にいるだけでも夢のようなのに。
次の更新予定
2025年12月28日 16:00
忍者に嫁ぐ武将くん 瑠芳 さんでい @Librooooha6u
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