忍者に嫁ぐ武将くん

瑠芳 さんでい

守るべき恋煩い

第0話 今世に捧げる薬指

 もう彼女以外のことなんて考えられないんじゃないか。


 彼女はいつでも自分の中に潜む庇護欲を掻き立ててくる。


 初めて会った時、世界が変わった気がした。夢でだけでしか見ていなかった運命を目の前に、完全なる病に罹ったのだと気づいた。


 自分にとって喧嘩以外の何でもなかったものが、ある時、痛いほどの恋煩いに生まれ変わっていた。


 初恋だったけれど、全部、理由をつけて、『二度恋』に発展させた。


 でも初心な自分たちは完全に初恋みたいな恋の仕方をしていた。


 それはまるで――



 全てがまるで夢のようだった。


 あの日々を越えてきた自分たちだからこそ、この場に立てているのだろう。


 白い壁、白いカーテン、ステンドグラスの窓から溢れる太陽の光。白い花嫁衣装を身に纏った自分はいったいどんな姿をしているのだろう。


 目の前に立つ、白いタキシード姿の男性。彼のことが、今はただ愛おしくてたまらない。


 全く、普段は猫のように気まぐれなくせに、こういう時だけちゃっかりしている男だ。


 ふと視線を客席へずらす。そこには幸せに包まれたような、優しい表情でこちらを眺める父親と母親がいた。まるで昔の彼らとは別人のようだ。


「どこ見てるんですか、野村のむらさん」


 自分の名を呼ぶその声に呼び戻され、私は正面を向く。そこに立っているのは焦茶色の髪の毛をセンター分けにした青年。確か自分より二つ年上だったはず。


 彼の名前は伊達だて政宗まさむね


 神父の声が式場中に響き渡る。私は焦ったい気持ちを抱えたまま、政宗の顔を覗いていた。彼は「心配ない」というように優しく微笑みかける。


 ――誓いますか?


 彼は静かな目で私へ訴えてくる。今は彼の言いたいことが痛いほどわかる。


 花嫁姿の私の身体に、政宗の腕が触れた。身体と身体が触れ合う。それだけで幸せを感じる。


 まあ、このシチュエーションも慣れっこだ。


 彼の温かい唇が、そっと私の口元に触れる。その温かみに、思わず心臓が跳ねた。


 まだ、慣れていないのだろうか。


 もう慣れたっておかしくないと思うのに。


 だって、これで五度目の結婚式だから。


 現代の忍者は一夫多妻制であると同時に、一妻多夫制なのですから。


 昔から愛には触れてなかったけれど、彼らと出会って私は変わったんです。落ちこぼれだった私を、優しく包み込むように守ってくれた人がいたんです。


 忍者なんて、もう関係ないんです。私と彼の恋は、まだ終わりではないですから。


 彼らは私を、最後まで守り抜いてくれたんです。


 式が終わり、私は一息ついていました。そこに彼ら五人はやってきます。


「よかったな、長閑のどか


「これで僕たちずっと一緒か」


「ご苦労様、あとおめでとう、長閑さん」


「わーい、これで全員長閑ちゃんの旦那様だ!!」


 いつの間にか敬語も抜けきっていた。


 意味わかんないですよね、学生時代から同居していた五人全員と結婚してしまうなんて。


 しかも、私の旦那様は、全員異世界からやってきたんですよ。


 なんと歴史の教科書の世界から。


 私の『推し』であり、私の『ボディーガード』であり、今日から私の『旦那様』になる五人――。


 彼らを想う気持ちは、私も同じです。


 恋なんかでは抑えきれないような感情が、私たちを襲ってきました。それはきっと、私たちへの試練でした。


 ある時、気づいたんです。


 初めてこんな姿の自分を見たって。



 春の空を静かに眺めながら、野村長閑は、ため息を漏らした。両手には本が握られている。


 家では五人の旦那様が寝ている時間。自分はただ空を眺めている。今日は早く起きすぎたようだ。


 結婚してから約1年――もちろん平和ばかりではなかったが、幸せな日々が続いた。


 本の文字列を眺める。なんだかこの文字だけでもう、世界が明るくなっている気がした。


 ふと脳裏をよぎるのは、長閑が高校生二年生の春に見たあの夢。


 まさか、現実だったなんて。


 夢ではなかったなんて。


 どうせまだ五人とも起きないだろう。少し昔のことを思い出していようかな。


 読んでいた本のページを閉じる。何も考えずに、あの時のことを思い出したいから。


 本の表紙にはでかでかと、【戦国武将 完全図鑑】とかいてある。


 この出会いも、きっと、この本から始まったのだろう。


 自分でこの恋を歴史にするのは恥ずかしい。なぜか自分の気持ちを自分で語るのは慣れない。


 恋がしたいと願ってもできない人がいるというのに、自分は何をしていたのだろうという気になってしまう。


 寝ている彼らの寝顔はいったいどんな顔なのだろう。


 くすくす笑いながら、長閑はもう一度天を仰いだ。空には一筋の飛行機雲が浮かんでいる。


 その飛行機雲を掴み取ろうとするかの如く、長閑は空へ手を伸ばした。もちろん届くはずがない。


 春の暖かい気温の中、息吹芽生える麗かな春の空気を精一杯に吸い込んだ。


 膝上に置いていた図鑑を、自分の横に置きかえる。




 あれは確か、中学三年生の三学期の終わり、クラスの女子みんなでお別れパーティーをしていた時のこと――

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