第2話 湿り気
それからも、両親や、
勤めていた職場の人たち、
最期に救急車を呼んでくれた人の様子が、
ときどき映し出された。
両親が深い悲しみの中にいることは
明らかだったし、
それを目の当たりにするのは
気分のいいものではなかった。
それでも、2人が
俺にガッカリする前に
終われたことは
よかったんじゃないかと、
どうしても思ってしまう。
母は高齢出産で、
ひとり息子ということもあり、
すごく大切に育ててくれた。
だいぶ甘やかされたんじゃないかと思う。
家を出てからも、
野菜や食べものをいっぱい詰めた
ダンボールを送ってきてくれたり、
いい大人になってからも、
変わらない愛情を
余すことなく伝えてくれた。
ふたりとも、ほんとに良い人だよな。
可哀想に。
俺が息子で。
可哀想に。
慈しむように俺を見つめる、
2人の笑顔にふれるたび、そう思った。
あなたたちが大切に、大切にしている息子は、
本当は全然、欠陥品なんですよ。
必死に笑顔で取り繕って、
なんとか普通に見せかけているだけの
異物なんです。
いつも俺のことを肯定してくれたのに、
想いに応えられなくて、ごめんなさい。
喜んでもらえるような、
綺麗なものじゃないんです。
2人をガッカリさせたくない、
という気持ちがいつもあった。
だから外でも、うまくやりたかった。
勉強もそこそこ頑張って、
友だちとも上手くやって。
でも、そうやって積み上げてきたものが
壊れてしまった瞬間があった。
壊れてしまったというより、自分で壊した。
しかも意図的に壊したわけでもなく、
喜んでもらえるか、
少なくとも笑って流してくれるだろう、
その程度の軽い気持ちで発した言葉が致命的だった。
完全に気が緩んで、相手に甘えていた。
両親に大切にされてきただけあって、
自己肯定感だけは
一丁前に高かったのかもしれない。
本当に、脳内お花畑の勘違い野郎だ。
今でも、あのときの自分をぶん殴ってやりたい。
幼なじみがいた。
啓太といって、
同じひとりっ子だったこともあり、
こどもの頃はしょっちゅう
お互いの家を行き来していた。
幼稚園も一緒、小学校も一緒、
もちろん中学校も一緒で、
親同士も仲がよく、兄弟みたいな存在だった。
中学2年のとき、
いつもみたいに俺の部屋でゲームをしていた。
お菓子を食べ、ジュースを飲みながら、
当たり前みたいに続いていくこの時間が
ふいに嬉しくてたまらなくなって、
高まってしまった気持ちが、
そのまま言葉になってしまった。
「俺、啓太のこと好きだわ」
本当に、てらいはなかった。
あなたはどうですか、と
聞き返したかったわけでもないし、
だから付き合ってほしい、と言ったわけでもない。
思ったことが口から出てしまった。
自分的にはこのニュアンスが一番近い。
啓太が「何言ってんだよ」と軽く返してきたら、
それで終わるくらいの、何気ないひと言だった。
でも聞かされたほうは、
俺が発したその言葉に含まれる
湿り気のようなものを
しっかり感じとってしまったらしく、
「え……」と明らかに戸惑い、引いていた。
実際、物心ついた頃から、
俺は啓太が好きだった。
両親に「けいたくんだいすき」と言っても、
微笑ましそうにされるだけだったし、
俺が啓太のことを好きであるほど、
啓太の母親も喜んで俺を受け入れてくれた。
仲の良い友だちになれて、
ほんとによかったね、と。
自然に芽生えて、自然に育っていった、
当たり前にど真ん中にあった気持ち。
好きという感情に種類があるなんて
意識する前から好きだったから、
啓太が好きということは、
俺にとって、ただ当たり前のことだった。
でも、当たり前じゃなかったらしい。
こんなに異質な、気持ち悪いものを
見るような目で見られたのは、初めてだ。
なんで、
啓太は笑ってくれると思ったんだろう。
完全に甘えきってる。
自分が相手を好きで、
それで気分よくなって、
喜んでくれると思ってバカ正直に口にだすとか、
どんな傲慢だよ。
そのまま「俺、帰るわ」と
部屋を出ていってしまった啓太を
ぼーっと見届けながら、
さっき自分が言った言葉が
頭の中で反芻していた。
俺、啓太のこと好きだわ。
好きだわ。
失恋したわ。
失恋の経験もないくせに、
これが失恋だってわかるくらいには、
失恋したわ。
そりゃあ、湿り気も出るわ。
きも。
きもち悪。
大好きだわ。
ほんと、キモいわ。
ごめん、啓太。
ごめん。
謝りに行きたいけど、
それもきっと、
余計に気持ち悪いよな。
本当にごめんなさい。
次の更新予定
猫がきえるまで サクラ @sakura_saku28
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