猫がきえるまで
サクラ
第1話 水原亮
26歳、夏。
太陽がアスファルトに
じりじり照りつけ、その熱に
足もとから溶かされていくような日だった。
――あぁ、今日だったのか。
その熱に抗えるチカラが
身体からすっとなくなり、
そのままそこに倒れ込んだ。
「おい!大丈夫か!」
誰かの声が飛んでくる。
低くて綺麗な声が
身体の奥でかすかに揺れた。
今日か。26歳。
朦朧とした意識の中、
目の前で繰り広げられる喧騒を
他人事のようにぼんやりと見ていた。
気がつくと、雲のような
ふわふわしたものの上にいた。
――死んだか。
幼い頃からなんとなく、
自分は他の人より
命の時間が短い気がする。
そんな焦燥が、胸の奥で
いつもざわついていた。
やりたいことがあるなら、
叶えたいことがあるなら、
早くやらなきゃ。
そういう衝動はよく襲ってきたけど、
自分が何をしたいのか、
何を願っているのかよくわからなかった。
わかってしまうのも、
なにか怖かったのかもしれない。
だから特に行動することはなかった。
常に、焦りだけがあった。
わかることは、
自分の死がおそらく寿命だったということ。
周りの人よりは短いだろうと、
ずっと肌で感じてきたことだから、
特に違和感はない。
まぁでも、突然死か。
親はびっくりするだろうな。
そう思ってふと視線を落とすと、
一瞬、ズキンと胸が痛む。
立ち尽くしたまま泣いている母親と、
その背中に手を添える父親の姿が見えた。
……なんだこれ。
ハッキリ見えるわけではないけど、
確実に両親だとわかる。
そういえば、えらくふわふわした場所にいる。
周囲には誰もいなくて、
白い雲のようなものがいくつも漂っている。
空の上から地上の様子が少しだけ見える――
そんな感じか。
にわかに信じられないけど、
死んでいきなり地獄で苦しむよりは、
ずいぶん待遇がいいように思える。
そういえば身体が軽い。心も軽い。
今まででいちばん、すべての調子がいい。
死んだから当たり前か。
これくらい全部の調子がよければ、
なんだってできそうな気がする。
今度は地上に男の姿が見えた。
なんだか既視感がある。
知り合いでもないはずなのに、なんだろう。
背が高くて、黒い髪にスーツがよく似合う。
夏だっていうのに、
汗ひとつかかなさそうな男だ。
その時、ふと。
その人が首からかけていた社員証が揺れて、
記憶がフラッシュバックした。
――倒れたとき、飛んできた声の主。
遠のいていく意識の中で、俺のそばに駆け寄り、
救急車を呼んでくれていた人だ。
社員証が揺れていた。
だから既視感があったのかと、妙に納得する。
冷静で落ち着いて見えるその人が、
ものすごく一生懸命になってくれていたことは、
空気感で覚えている。
その節はありがとうございました、か。
まぁ、死んだんだけど。
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