第4話 ぽちっとな

 翌朝、目が覚めたユキノは「えぇぇっ!」と軽い悲鳴をあげた。まるでコレを来て行けと言わんばかりに洋服がフローリングに広げてあるのだ。


「な、なんで……? 何故に勝負下着まで……」


 別に性的な意味ではなく、彼女がテストやら何やらと気合を入れないといけないときに好んで着る下着である。


「……まさか、お母さん?」


 いやいや、そんなことはないはず。そもそも母親は今日、自分がアキトと遊びに行くということを知らないはず。それに勝負下着がどれかということも知らない…… はず。


 しかし混乱している暇はあまりない。アキトとの約束の時間があるのだ。


「とりあえず、朝ご飯……」


 そう言ってユキノは部屋を出て階段を下りる。食卓に向かうといつも通りに母親が朝ご飯の支度をしていた。


「おはよ~」


「あら? おはよう。 早いわね、土曜日なのに」


「うん、ちょっと友達と出掛ける約束。 ねぇ、お母さん、わたしって夢遊病とかある?」


「夢遊病? ううん、ないと思うけど。 なんで?」


「ううん、何でもない」


 そう言って食事に手を付け、食べ終わったあと片づけを済ませると洗面所に向かい歯磨きをして軽く髪を整える。

 部屋に戻ったユキノはしばらく用意されている洋服と下着の前で腕を組んで悩むが、「ま、いいか」と呟くと着替えて再び洗面所へと向かう。

 今度は本格的に身だしなみを整え、ユキノは「行ってきま~す」と玄関を出て行った。


「ふふっ、何あの子、おめかしなんかしちゃって」


 母親はニヤニヤしながらユキノの背を見送った。




 アキトとの初デートを終えたユキノは、帰ってくるなり部屋に飛び込み、ベッドに勢いよく転がると枕元にあるサンタのぬいぐるみを引き寄せる。


「最っ高ぉ! 楽しかったぁ! あ~、ドキドキしたぁ~」


 ギュッと形が変形するほどの力でサンタを抱きしめてゴロゴロと転がっているとスマホからピロリン♪と音がした。慌てて手に取って画面を見ると『楽しかったよ。 また遊ぼう』とのアキトからのメッセージである。


「やったぁ! やったよ、サンタさん!」


 潰れて反り返るほどにサンタを抱きしめたユキノは喜びでベッドの上を転げまわった。


 それ以来、ユキノとアキトの間プライベートなメッセージのやり取りが続いた。

 学校での二人の距離感はそれほど変化はなかったが、家に帰ってから寝るまでのアキトとのメッセージのやり取りはユキノにとっての至福の時間となったのだった。




「あ~、もうすぐクリスマスかぁ……」


 ベッドに転がるユキノはカレンダーを横目に見ながら呟いた。


 恋人との一大イベントをアキトと楽しく過ごせたらどんなに幸せだろうと、メッセージアプリに『クリスマスは』と打ちかけて慌てて消す。


「いやいや、まだそんな感じじゃないよね」


 二か月近くアキトとのメッセージは続いている。他愛のない内容で、趣味の話や友達との話題。しかし二人の距離感に変化はなかったし、あれから二人で遊びに行くということもなかった。


 ちょっと寂しそうに呟いたユキノは布団を被ると目を瞑った。



 しばらくして、サンタが動き出す。


 ユキノの枕元に置かれたスマホを手に取ると、あらかじめ隠し持っていたタッチペンを取り出すと流れるような所作でパスワードを解除し、メッセージアプリの画面に『クリスマスは空いてますか?』と打ち込んだ。


 そんなサンタを、背後から驚きで大きく目を見開いたユキノが見ていた。布団を被って目を閉じた彼女だったが眠れず、何か気配を感じてそっと様子を伺っていたのだった。


 信じられない光景である。ぬいぐるみのサンタが動いてスマホを操作しているのだから。しかし驚いてばかりはいられない。暗闇の中、液晶の光でハッキリと分かる画面に表示されている文字を見てユキノは慌てて右手を伸ばし、サンタの頭部をぎゅむっと強く握った。


「お前か、犯人は」


 頭部に指がめり込むほどの力で握られたサンタは、スマホとタッチペンを持ったままグルっと向きを変えられ、にらむユキノと視線を合わされる。


 ぽちっ。


 しかしサンタはまったく動じることなく、メッセージの送信ボタンを押した。


「あぁぁっ! お、送ったぁぁっ!!?」


 ユキノは左手も伸ばし、両手でサンタの首を絞めてガクガクと揺すった。サンタはスマホとペンを手放し、その可愛い手をペチペチとユキノの手にタップして苦しいと意思表示する。


「いや、こんなことしてる場合じゃない! は、早くメッセージ取り消さないと…… あぁっ! もう既読ついてるぅ!!」


 頭を抱えて叫んだあと、ガクンと肩を落としたユキノは「まだ心の準備が…… 断られたらどうしよう……」と呟く。


「今までのも全部、だよね? サンタさん…… なんでこんなことを……?」


 悲しそうな声でそう問われたサンタは、ベッドに転がっていたスマホとタッチペンを手に取ると、メモ帳アプリを開いて文字を打つ。


『ユキちゃんが大好きだから。 上手くいったでしょ?』


 大好きという文字を見て、ユキノの眼にジワッと涙が溜まる。サンタをギュッと抱きしめて「うん、ホントだ。 上手くいってる」と言ってポロっと涙を流す。


 ピロリン♪と鳴ったスマホの画面に『空いてるよ。 遊びに行こう!』と表示された。

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