三人の自撮り

 これ、私の友達のサキから聞いた話なんだけどね。


 去年の夏休み、サキは仲の良いグループ三人で、ちょっとした探検に出かけたんだって。

 探検って言っても、地元の人しか知らないような、山道にある古いバスの待合所を見に行くだけの、軽いノリだったみたい。


 そこ、もう何十年も前にバスの路線が廃止されてるのに、建物だけがポツンと残ってたそう。

 木造の、今にも崩れそうなボロボロの小屋。


 サキたちは夕方の五時くらいにそこに着いたんだけど、なんか、着いた瞬間から空気が変だったって。

 夏なのに、そこだけ妙にひんやりしてて。

 森のセミの声が、急に遠くの方で鳴ってるみたいに聞こえたらしくて。


「せっかくだし、写真撮ろ」


 言い出したのは、グループの中で一番元気なミカだった。

 三人は待合所のベンチに座って、ミカがスマホを構えて、自撮りをしようとしたの。

 狭いベンチだから、三人がギュッと寄り添って。


 カシャッ。


 その、シャッター音が響いた瞬間。

 サキは、自分の右肩に、ずしっと重いものが乗った感覚があったそう。


 誰かの腕かな、と思ったんだって。

 左側にいるミカか、右側にいるもう一人の友達の、どっちかがふざけて肩を組んできたんだろうなって。


 でも、変なの。

 その腕が、ものすごく冷たかった。

 氷を直接押し当てられてるみたいに、感覚がなくなるくらい冷たくて。


 サキが「ちょっと、冷たいよ!」って笑いながら隣を向いたとき。

 右側にいた友達は、スマホをいじってて、サキには触れてもいなかったんです。

 左側のミカも、自撮りを確認するのに夢中で、両手でスマホを持ってた。


 じゃあ、私の肩に乗ってるこの冷たいのは、何?


 サキがそう思った瞬間、肩の重みがスッと消えた。

 気のせいかな。そう思いたかったらしいけど、サキは怖くなって「ねえ、今の写真見せて」ってミカのスマホを覗き込んだの。


 画面には、三人が笑ってる写真が映ってた。

 でも、それを見た瞬間、三人は凍りついた。


 写真の中のサキの右肩に、真っ白な、細い指が食い込んでた。

 それは、サキの右隣に座ってる友達の手じゃなかった。

 その友達の手は、ちゃんと自分の膝の上にあるのが写ってる。


 サキの肩を掴んでるのは、サキの背後。

 待合所の、腐りかけた板張りの壁から、にゅっと突き出した「四人目」の腕だった。


「……これ、ヤバくない?」


 ミカの声が震えていた。

 三人は悲鳴を上げる余裕もなくて、転がるようにその場から逃げ出したんだって。

 急いで自転車を漕いで、明るいコンビニの駐車場まで戻って。


 そこでようやく息をついて、もう一回、さっきの写真を確認した。

 消さなきゃ。こんなの持ってたら呪われる。

 ミカが震える指でアルバムを開く。


 でも。

 写真は変わっていた。


 さっきまでは、サキの肩を掴んでたはずの白い手が。

 今度は、サキの「喉」に回ってた。

 指の数も増えてる。

 一本、二本、三本。

 

 まるで、壁の中から何かが這い出そうとして、サキの体に必死にしがみついてるみたいに。


「消して! 早く消してよ!」


 サキが叫んで、ミカが慌ててゴミ箱ボタンを押した。

 完全に消去しますか、という確認画面が出る。

 ミカが「はい」を押そうとした、その時。


 スマホのスピーカーから、チリッ、というノイズが流れた。


『――離さないで』


 女の子のような、でも、砂を噛んだようなガサガサの声。

 それが、はっきりと聞こえた。


 三人はスマホを地面に放り出して、そのまま逃げた。

 後日、ミカが恐る恐るスマホを回収しに行ったんですけど、電源が入らなくなってたそう。


 これで終われば、まだ良かったんだけど。


 その日の夜、サキがお風呂に入ろうとして鏡を見たとき。

 自分の首筋に、はっきりと残ってたの。


 指の跡。

 真っ白に、血の気が引いたみたいな指の形が、五本。

 それが、鎖骨のあたりまでじわじわと伸びてきてて。


 サキは怖くて、お母さんに泣きついたんだって。

 でも、お母さんはサキの首を見ても「何もないわよ、疲れすぎじゃない?」って言うだけ。


 サキには、はっきり見えてるのに。

 今も、その白い指が、少しずつ、少しずつ。

 心臓の方に向かって、這うように伸びてきてるのが。


 これ、一番怖いのがね。

 サキが最近、自分の部屋で寝てると、耳元で聞こえるらしいの。


『あとの二人にも、教えてあげて』


 って。


 サキが私にこの話を教えてくれた翌日。

 ミカが、学校に来なくなりました。

 階段から落ちて、大怪我をしたって。


 それを聞いたサキの顔、私、今でも忘れられない。

 サキの首にあったあの指の跡、昨日より、また少しだけ深くなってたの。


 ねえ、これ。

 誰かに教えれば、少しは軽くなるのかな。

 だから私、あなたに話したんだけど。


 ……あれ、あなたの肩。

 なんか、少し重そうに見えるけど、大丈夫?

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奇怪断章 茶っぴい @krkr218421

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