奇怪断章

茶っぴい

背景のエキストラ

 その動画を見つけたのは、文化祭の準備期間中のことだった。

 クラスの出し物の宣伝用にと、僕がスマホで撮影した30秒ほどの短い動画だ。


「おーい、みんな! 手ぇ止まってんぞー!」


 画面の中では、教卓に立った委員長の佐々木が声を張り上げている。

 教室は雑然としていて、段ボールやペンキが散乱し、生徒たちが笑いながら作業をしている。

  一見、どこにでもある青春の一コマだ。


 僕は編集アプリを開き、テロップを入れる作業をしていた。

 ふと、違和感を覚えたのは、画面の右端だ。


 窓際の席。

 そこに、一人の男子生徒が座っている。

 逆光で顔はよく見えないが、制服を着ているからうちの生徒だろう。

 彼は、手元のノートに何かを書き込んでいるように見える。


「……あれ、誰だ?」


 うちのクラスに、こんなに背中が丸い奴いただろうか。

 気になって、動画をズームしてみる。

 画質が荒くなり、ブロックノイズが走った。


 彼は、書いていなかった。

 右手を、小刻みに痙攣させているだけだった。

 ペンも持たず、ただ空っぽの手を、机の上で激しく前後させている。


『カタカタカタカタ……』


 動画の音声には、作業中の喧騒に混じって、微かに机を爪で引っ掻くような音が記録されていた。


「気持ち悪……」


 僕は作業に戻ろうとした。

 

 だが、指が止まる。

 動画の10秒あたり。

 画面中央で、女子生徒のひとりが「あはは!」と大きく手を叩いて笑ったシーン。


 その瞬間。右端の「彼」も、同時に手を叩いていた。


 音はない。表情も変わらない。

 ただ、女子生徒と完全に同じタイミング、同じ角度、同じ速度で、パァン、と手を合わせたのだ。


 まるで、プログラムされた動作のように。


 僕は背筋が寒くなり、動画を最初から再生し直した。注意深く「彼」を見る。


 05秒。手前の男子が頭を掻く。

 →「彼」も同時に、頭を掻く動作をする。


 12秒。廊下を通った教師が会釈をする。

 →「彼」も座ったまま、虚空に向かってペコリと頭を下げる。


 24秒。誰かが段ボールを落とす。

 →「彼」もビクリと肩を跳ねさせる。


 全部、同じだ。彼は自分の意志で動いているんじゃない。

 教室にいる全員の動作が、断片的に彼へと流れ込んでいる。

 誰かの欠伸、誰かの瞬き。それらを無造作に繋ぎ合わせ、ただそこに人間がいるという風景を、無理やり捏造しているように見えた。

 

 そして、動画のラスト。

 撮影者の僕が「よし、オッケー!」と言って、スマホを自分の方に向けてインカメラにする場面。


 画面には、笑顔の僕が映る。

 そして、その背後。遠くの席にいる「彼」が映り込んでいる。


 「彼」は、僕を見ていた。

 いや、スマホのレンズを見ていた。


 そして、口元だけをニイッと歪め、右手を顔の横に掲げた。

 ピースサインだ。僕が今、しているのと同じピースサインを、鏡写しのように行っていた。


 違う。鏡写しじゃない。

 僕が右手でピースをしているなら、対面にいる彼は左手でしなければならないはずだ。

 でも、彼は「右手」を上げている。


 僕の動きを真似ているんじゃない。「僕」というデータをコピーして、出力しているんだ。


 プツン。


 そこで動画は終わっている。


 僕はスマホを机に置いた。

 吐き気がした。


 あの生徒が誰なのか、考えたくもなかった。

 明日、学校に行ってあの席を確認するのが怖い。


 ふと、スマホの通知ランプが点滅した。

 クラスのグループLINEだ。


 委員長の佐々木が、今日の作業風景の写真を何枚かアップしている。


『今日の作業お疲れ! 明日も頑張ろうぜ』


 何気なくその写真を開いた僕は、息を止めた。


 写真の中央、段ボールを持って笑う佐々木の足元。

 机の下の暗がりに、「彼」がいた。


 体育座りをして、膝を抱えている。

 顔は見えない。


 だが、その手だけが見えた。


 彼は、スマホを握っていた。

 僕が今持っているのと、同じ機種のスマホを。


 そして、その画面には、「今、この写真を見ている僕の顔」が映っていた。


 写真の中のスマホ画面に、青ざめた僕の顔がリアルタイムで映り込んでいる。


『……見つけた』


 スマホのスピーカーからではなく、 僕の部屋の、すぐ後ろのクローゼットの中から、声がした。


 振り返ると、少しだけ開いたクローゼットの隙間から、

 僕と同じ服を着た「誰か」が、僕と同じ顔で、ニイッと笑ってピースサインをしていた。

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