第5話

 レイムの町で過ごして、一週間が経った。


 俺とノワールは、順調に依頼をこなしていた。運搬、採取、たまに調査——戦闘を伴わない依頼ばかりだが、収入は悪くない。


「今日の依頼は——これか」


 俺は依頼板から一枚の紙を取った。


『薬草採取依頼:霊峰草れいほうそうの採取 報酬:銀貨十枚 ランク:C』


 霊峰草は、高級な回復薬の原料になる希少な薬草だ。レイムやまの中腹に自生しているが、採取には山道を登る必要がある。


「Cランクか。少し危険な場所みたいだな」


 受付嬢に話を聞くと、山道には時々魔物が出るらしい。低ランクの冒険者では対処できないため、依頼がしばらく放置されていたという。


「どうする、ルーク」


 ノワールが尋ねた。


「報酬は良いが……戦闘になったら、俺は役に立てない」


「私が、やる」


「え?」


「魔物程度なら——私の魔法で、対処できる」


 ノワールの赤い瞳が、真っ直ぐに俺を見つめていた。


「暴走の心配はあるが——お前がいれば、抑えられる。違うか?」


「……まあ、そうだな」


 俺たちは何度か、魔力収納の練習をしていた。最初は負担が大きかったが、少しずつ慣れてきている。今なら、多少の魔力暴走は抑えられるはずだ。


「よし、やってみるか」


 俺は依頼を受け、ギルドを出た。


 ◇


 レイム山の山道は、思ったより険しかった。


 岩だらけの道を登りながら、俺は周囲を警戒していた。受付嬢によると、この辺りには岩狼がんろうという魔物が出るらしい。


「……静かだな」


「油断するな」


 ノワールが鋭く言った。


「気配がする。複数だ」


「マジか」


 俺は【無限収納】から短剣を取り出した。戦力にはならないが、ないよりはマシだ。


 その時——


「グルルルッ!」


 岩陰から、三匹の魔物が飛び出してきた。

 灰色の毛皮に、岩のように硬い爪。体長は一メートルほど——岩狼だ。


「来たか……!」


 俺は身構えた。だが、三匹相手に俺一人では到底無理だ。


「下がれ、ルーク」


 ノワールが前に出た。

 そして——その手に、黒い光が集まり始めた。


「——虚無の矢ヴォイド・アロー


 ノワールが呟くと、黒い魔力の矢が放たれた。

 一発、二発、三発——すべてが正確に岩狼を貫く。


「ギャンッ!?」


 魔物たちは断末魔を上げ、地面に崩れ落ちた。

 一瞬だった。


「……すげえ」


 俺は呆然と呟いた。


 これが、魔王の娘の力か。

 Cランク程度の魔物なら、一瞬で殲滅できる——


「っ……」


 だが、ノワールの体が揺れた。


「ノワール!?」


「大丈夫だ……少し、魔力が乱れただけ……」


 彼女の体から、黒い光が漏れ始めていた。暴走の兆候だ。


「【無限収納インフィニティ・ストレージ】!」


 俺はすかさずスキルを発動した。

 ノワールから溢れる魔力を、異空間に吸い込んでいく。


「……っ」


 頭がずきりと痛む。だが、以前よりは楽だ。練習の成果が出ている。


 数秒後、黒い光は消えた。


「……すまない」


 ノワールが肩で息をしながら言った。


「まだ、完全には制御できない」


「気にすんな。俺がいる限り、暴走はさせない」


「…………」


 ノワールが、俺を見つめた。

 その赤い瞳に——感謝の色が浮かんでいた。


「……ありがとう、ルーク」


「どういたしまして。さ、薬草を採りに行くぞ」


 俺たちは山道を進み、目的の霊峰草を見つけた。

 

 【無限収納】に採取した薬草を入れ、俺たちは山を下りた。


 ◇


 依頼を完了し、ギルドに戻ると、受付嬢が驚いた顔をした。


「もう戻ってきたのかい? 岩狼は大丈夫だったのかい?」


「ええ、なんとか」


「へえ……Bランクは伊達じゃないね」


 受付嬢は感心したように報酬を渡してくれた。


「しかし、あんた、本当に荷物持ちポーターなのかい? 戦闘もこなせるじゃないか」


「いえ、戦ったのは俺じゃなくて——」


 俺は言いかけて、口をつぐんだ。ノワールのことは、あまり話さない方がいい。


「……まあ、いろいろと」


「ふうん。秘密主義だね。まあいいさ、また頼むよ」


 俺たちはギルドを出て、宿に戻った。


 ◇


 その頃、王都では——


 【蒼天の騎士】が、ギルドに報告書を提出していた。


「——以上が、Aランク昇格試験の報告です」


 カイルが、疲れた顔で言った。


「ふむ。試験自体は合格だ。おめでとう」


 ギルドマスターが頷く。


「だが……報告書を見る限り、かなり苦戦したようだな」


「……はい」


 カイルは唇を噛んだ。


 試験には合格した。だが、それは辛うじての合格だった。

 何度も危機的状況に陥り、ガレスは重傷を負い、ポーションは底をつき——


 正直、運が良かっただけだ。


「今後は、パーティの連携を見直した方がいいな。特に——」


 ギルドマスターが報告書を指さした。


「物資管理に問題がある。回復薬の消費が異常に多い。装備の切り替えも遅い。以前はこんな問題はなかったはずだが」


「……はい」


 カイルには、わかっていた。


 ——ルークがいないからだ。


 彼がいた頃は、すべてが「当たり前」にうまくいっていた。必要なものが、必要な時に、必ず出てきた。それが当然だと思っていた。


 だが、それは——ルークの仕事だったのだ。


「まあ、合格は合格だ。Aランクの証明書を発行しよう」


 ギルドマスターが書類にサインした。


「今後の依頼に期待しているぞ、【蒼天の騎士】」


「……ありがとうございます」


 カイルは証明書を受け取り、ギルドを出た。


 外で待っていたエリナが、心配そうに声をかけてきた。


「カイル、大丈夫……?」


「ああ……なんとかな」


「……ルークのこと、考えてた?」


「……ああ」


 カイルは正直に答えた。


「あいつがいれば——こんなに苦労しなかったかもしれない」


「……うん」


 エリナも頷いた。


「私も、思ってた。ルークがいた頃は、回復薬が切れる心配なんてなかったもん」


「…………」


「今さら、後悔しても遅いけど……」


 エリナが寂しそうに呟いた。


「ルーク、元気にしてるかな」


「……さあな」


 カイルは空を見上げた。


 ルークは今、どこで何をしているのだろう。

 彼がいなくなって、初めてわかった。彼の仕事が、どれほど大切だったか。


 ——今さら、気づいても遅いが。


「行くぞ、エリナ。これからも、俺たちでやっていくしかない」


「……うん」


 二人は、ギルドを後にした。


 彼らが再びルークと出会うのは——まだ、先の話だ。


 ◇


 一方、レイムの町では——


 俺とノワールは、夕食を取りながら今日の戦闘を振り返っていた。


「お前の魔法、すごかったな」


「……たいしたことではない。あの程度の魔物なら、私の力を出すまでもない」


 ノワールが淡々と言った。

 だが、俺は気づいていた。彼女が魔法を使った後、わずかに表情が緩んでいたことを。


「久しぶりに、魔法を使ったんじゃないか?」


「……ああ」


 ノワールが頷いた。


「暴走が怖くて、ずっと力を抑えていた。だが——お前がいれば、使えるとわかった」


「そうか」


「だから——少しだけ、嬉しかった」


 その言葉に、俺は少し驚いた。

 ノワールが自分の感情を口にするのは、珍しい。


「三百年間、自分の力を——呪いのように思っていた。誰かを傷つけるだけの、忌むべき力だと」


「…………」


「だが今日、初めて——誰かを守るために、力を使えた」


 ノワールの赤い瞳が、真っ直ぐに俺を見つめた。


「それが——嬉しかったんだ」


 俺は、何と言えばいいかわからなかった。

 ただ——彼女の言葉が、心に響いた。


「……これからも、頼む」


 俺がそう言うと、ノワールは——ほんの少しだけ、微笑んだ。


「ああ。任せろ、ルーク」


 こうして、俺たちの初めての共闘は終わった。


 二人の絆は、少しずつ——だが確実に、深まっていた。

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