最弱職【荷物持ち】の俺が拾った三人の少女は、全員規格外でした
Ruka
第1話
王都リグランツの冒険者ギルド。
夕暮れ時の酒場には、依頼を終えた冒険者たちの喧騒が満ちていた。
「——悪いな、ルーク」
向かいに座るパーティリーダー、カイル・ブレイズの言葉に、俺は静かにエールのジョッキを置いた。
「Aランク昇格試験には、戦闘要員しか連れていけないんだ」
予想していた言葉だった。
だから俺、ルーク・レイフィールドは、特に驚くこともなく頷いた。
「わかってる。気にしないでくれ、カイル」
俺の
どれだけ荷物を入れても重くならない、便利な異空間収納の能力だ。五年前、駆け出しの冒険者だったカイルに拾われてから、ずっとパーティの
だが——荷物持ちは、戦えない。
Aランク昇格試験は、高難度ダンジョンの踏破を求められる過酷な試練だ。足手まといを連れていく余裕はない。
それは俺自身が一番よくわかっている。
「ルーク、本当にごめんね……」
隣に座る
「エリナ、泣くなって。別に追放されるわけじゃないんだから」
「でも……」
「試験が終わったら、また一緒に依頼を受ければいいだろ?」
俺がそう言うと、エリナは少しだけ表情を和らげた。
「……うん、そうだね。約束だよ?」
「ああ、約束だ」
「……すまんな、ルーク」
ガレスがぼそりと呟いた。
俺は肩をすくめて笑った。
「だから気にするなって。俺は大丈夫だよ」
そして——魔法使いのマリア・ソレイユ。
彼女は最初から興味なさそうに爪を眺めていた。
「ねえ、そろそろいい? 荷物持ちの送別会なんて、正直時間の無駄なんだけど」
「マリア!」
エリナが咎めるような声を上げる。だがマリアは悪びれもせず、艶やかな赤髪をかき上げた。
「何よ。事実を言っただけじゃない。ルークがいなくても、パーティは回るわ。むしろ、彼の分の報酬を分配しなくて済むから、効率が良くなるくらいよ」
「…………」
俺は何も言わなかった。
マリアの言葉は正しい。戦闘で貢献できない俺は、パーティにとって「経費」でしかない。荷物持ちの仕事なんて、
「ルーク」
カイルが真剣な表情で俺を見た。
「お前には感謝してる。この五年間、お前のおかげで俺たちは快適に冒険できた。だが——」
「わかってるよ、カイル」
俺は立ち上がり、腰の革袋から一枚の紙を取り出した。
パーティ脱退届だ。
「これ、ギルドに出しておいてくれ。俺は今日から暫くソロで活動する」
「ルーク……」
「心配すんな。Bランク相当の依頼なら、俺一人でも——まあ、戦闘以外の依頼ならこなせる。採取とか、運搬とか」
嘘だった。
ソロの荷物持ちに、まともな依頼なんて来ない。
だが、それを言っても仕方がない。
「じゃあな、カイル。みんなも、試験頑張れよ」
俺は振り返らずに酒場を出た。
◇
ギルドの外に出ると、夕焼けが王都の街並みを赤く染めていた。
石畳の道を歩きながら、俺は五年間の冒険者生活を振り返っていた。
——楽しかった、と思う。
危険なダンジョンに潜り、強大な魔物と戦い、仲間と笑い合った日々。俺は戦闘では役に立てなかったが、それでも「仲間」だと思っていた。
だが現実は、マリアの言う通りだ。
俺の代わりなんて、いくらでもいる。
「……さて、どうするかな」
このまま王都に残っても仕方ない。
元パーティの噂を聞くたびに惨めな気持ちになるだけだ。
辺境にでも行こう。
人手不足の田舎なら、荷物持ちでも需要があるかもしれない。
そう思った時だった。
「——助けて」
か細い声が聞こえた。
路地裏だ。
王都の裏通りには、治安の悪い場所がいくつかある。夕暮れ時は特に危険だと言われている。
普通なら関わらない。
俺は戦えないのだから。
だが——その声は、どこか切羽詰まっていた。
「くそ……」
足が動いていた。
路地裏に踏み込むと、三人の男が一人の少女を囲んでいた。
少女は——黒髪だった。腰まで届く艶やかな黒髪と、血のように赤い瞳。年齢は十六歳くらいに見える。ぼろぼろのローブを纏い、壁際に追い詰められていた。
「おいおい、逃げんなよ。魔族のガキが王都をうろついてんじゃねえ」
「こいつ売ったら、いい金になるぜ」
男たちは下卑た笑みを浮かべている。冒険者崩れか、あるいは裏社会の人間か。どちらにせよ、ろくでもない連中だ。
——魔族。
少女の尖った耳と赤い瞳を見て、俺は納得した。魔族は人間社会で迫害される存在だ。特に王都では、魔族というだけで石を投げられることもある。
「おい」
俺は声を上げた。
「何やってんだ、お前ら」
三人の男が振り返る。
その目が、俺の装備を値踏みするように動いた。
革の軽鎧。腰には護身用の短剣。
どう見ても、強そうには見えないだろう。
「あ? なんだお前」
「邪魔すんなら、お前も売り飛ばすぞ」
男の一人が剣を抜いた。
——まずい。
俺に戦闘能力はない。護身用の短剣はあるが、まともに剣を振ったこともない。三対一なんて、勝ち目があるわけがない。
だが。
「……悪いが、その子は見逃してやってくれないか」
俺の口は勝手に動いていた。
「逃げて」
少女に向かって叫ぶ。
同時に、俺は【
収納していた荷物——テント、寝袋、鍋、食器、保存食、水袋、ロープ、松明、その他諸々——を、男たちに向けて一気にぶちまけた。
「うおっ!?」
「なんだこりゃ!?」
大量の荷物が降り注ぎ、男たちの視界を塞ぐ。
その隙に、俺は少女の手を掴んだ。
「走れ!」
細い手首を引いて、路地裏を駆け抜ける。
後ろから怒号が聞こえたが、構わず走り続けた。
どれくらい走っただろう。
王都の外れ、人気のない廃屋の影に辿り着いた時、俺はようやく足を止めた。
「はぁ……はぁ……」
息が切れる。
戦闘訓練なんてしたことないから、体力もない。情けない話だ。
「……大丈夫、か?」
俺は少女を振り返った。
赤い瞳が、じっと俺を見つめていた。
「——なぜ」
少女が口を開いた。
無機質な、感情の読めない声だった。
「なぜ、助けた。私は、魔族だ」
「見りゃわかる」
「……私に関わると、お前も迫害される」
「かもな」
俺は肩をすくめた。
「でも、見て見ぬふりはできなかった。それだけだ」
「…………」
少女は黙って俺を見つめていた。
その赤い瞳に、微かな困惑の色が浮かんでいるように見えた。
「とりあえず、あの連中が追ってくるかもしれない。今夜はどこかに——」
言いかけた時だった。
少女の体が、突然光り始めた。
「——っ!?」
黒い光だ。
禍々しい魔力が、少女の体から溢れ出している。
「ま、ずい……」
少女の顔が苦痛に歪む。
「逃げ、ろ……暴走、する……」
魔力の暴走。
魔族の中には、自分の魔力を制御できない者がいると聞いたことがある。暴走すれば、周囲一帯を巻き込む大災害になる。
逃げるべきだ。
俺には、この暴走を止める力なんてない。
だが——
「【
俺は反射的にスキルを発動していた。
何を収納するかなんて、考えていなかった。
ただ、目の前で苦しんでいる少女を、助けたいと思った。
——その時、不思議なことが起きた。
少女から溢れ出していた黒い魔力が、俺の【無限収納】に吸い込まれていく。
暴走しかけていた魔力が、異空間の中に「収納」されていく。
「……え?」
少女が目を見開いた。
数秒後、黒い光は完全に消え、少女は呆然と自分の手を見つめていた。
「暴走が……止まった……?」
「…………」
俺も呆然としていた。
【無限収納】で、魔力を収納できる?
そんな話、聞いたことがない。
「お前……」
少女が俺を見た。
その赤い瞳に、今度は明確な感情が浮かんでいた。
——驚愕と、そして、かすかな希望。
「お前、私の魔力を……抑えられるのか?」
「い、いや、俺にもよくわからない。たまたまだと思う」
「もう一度、やってくれ」
少女が俺の手を掴んだ。
その細い指が、微かに震えていた。
「頼む。もう一度……」
俺は少女の目を見た。
三百年以上生きてきたという魔族の、孤独と絶望が染み付いた瞳。
その奥に、小さな光が灯っているのが見えた。
「……わかった」
俺は頷いた。
「やれるかどうかわからないけど、試してみる」
少女の表情が、ほんの少しだけ——緩んだ気がした。
「……名前」
「え?」
「お前の名前だ。私は——ノワール。ノワール・ヴォイド」
「俺はルーク。ルーク・レイフィールドだ」
こうして俺は、最初の「規格外」と出会った。
パーティを追放された最弱職の荷物持ちと、魔王の血を引く少女。
これが、すべての始まりだった。
最弱職【荷物持ち】の俺が拾った三人の少女は、全員規格外でした Ruka @Rukaruka9194
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