第6話 時の衛人④

車につくとちょうど3人がやってくる。


「おせえよ。何やってんだ」

「客がみんな同じ方向に逃げるから、出口が詰まって。それにしてもなんでお兄ちゃんこんな速いの?」

「理由はどうだっていいだろ。今はとりあえず車に乗れ」


 車に乗り込みすぐにキーを挿す。唸るマフラー音が駐車場に反響する。

 バーを突き破り駐車場から飛び出す。駐車料金を払う余裕など彼らにはなかった。

 とりあえず距離を離さなければ。その一心だった。

 

「タイキさん。さっきの話ホント?」


 トリィネは後ろを覗き込む。ミラーを見ると、タイキは彼女から目線をそらし俯いていた。


「本当だ。私は彼らが言う通り前科者だよ」

「つまりこれは2度目の不法越刻ってわけだ。あんたをそこまで突き動かす理由って何?」

「……これだけ迷惑をかけたんだ。黙ってはいられないね」


「元の時代はユキノが生きるにはあまりにも厳しすぎるんだ。あの時代でユキノは世界初の時空犯罪者、坂東タイキの娘だ。世間の目は冷たい。そんな世界で生活させたくなかった。だから、君たちに過去へ送ってもらうようお願いしたんだ」

「なかなかぶっ飛んだ考えだな」

「何と言ってくれてもかまわない」

「言いはするさ。でも否定はしないぜ。気持ちが分からないでもない。家族のこととなれば暴走する気持ちもわかる」


 タイキはユキノの頭を優しく撫でている。その顔はとても凶悪犯のそれには見えなかった。


「パパ!見て、雪が降ってる!」

「ほんとだ。きれいだな――スレヴァーくん、後ろの車すごいスピードで追いかけてきてるんだけど」


 タイキに言われてスレヴァーはミラーに目を移す。そこに移っていたのは彼らを猛追してくるセダンだった。そのスピードは時速60kmで走る彼らなどものともしない。時速100kmは優に超えていた。後ろにピッタリ張り付くセダン。怪しさ満点だ。

 ぴったり張り付くセダンから、腕がにょきっと生えてくる。その手にはリボルバーが握られていた。リボルバーのシリンダー越しにスレヴァーたちの車が見える。

 慌ててハンドルを切る。遅れてやってくる銃声。当たった気配はない。なんとか躱したようだ。


「やっぱりか……なんでこんなにすぐ見つかるんだ」


 時衛隊の追手と荒れる天候にスレヴァーは苛立ちを覚えていた。

 凍てついた風がフロントガラスを叩く。スレヴァーは荒い息を吐きながら、 ハンドルを切る。

 背後から追跡者のエンジン音が、雪の静寂を切り裂いていた。


「お兄ちゃん、どうする?」


 トリィネがテンション高めに尋ねる。


「なーんかうれしそうだな」


 トリィネはキラキラした目でスレヴァーを見つめる。その圧に押されスレヴァーはため息をつく。


「……トリィネ、頼む」

 

 トリィネは待ってましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべると、後部座席に身を乗り出した。


「タイキさん。さっきのアタッシュケースとって」


 中身を知るタイキは恐る恐るトリィネに手渡した。中から出てきたのはライフル。今回は実弾だ。


「二人とも耳ふさいでてね」

 

 ユキノは返事をすることなく、耳に指を突っ込む。力んだせいか、つられて閉じる目元はしわくちゃになっている。ルームミラーに映る彼女の姿から、スレヴァーは変わらぬ安心感を得ていた。

 

 トリィネが窓を開けると、冷たい空気が一気に車内に吹き込んだ。車内に入る雪は、暖房で次々と溶けていく。

 頭を出そうとするトリィネを、スレヴァーは片手で引き戻す。引き戻された彼女は不満げに顔を膨らませていた。


「何すんの?」

「迂闊に顔を出すな。向こうも銃を持ってるんだぞ。いいか、この直進の先に左コーナーがある。そこに入ったら───」

「撃てばいいのね」


 トリィネは言葉を被せながら、イヤーマフを装着する。彼女の自信家な面には振り回されることも多いが、今はむしろ頼もしい。

 ワイパーがフロントガラスを掃き、コーナーが彼らの視界に入った。スレヴァーは心を決め、車をカーブへ滑り込ませる。

 

 コーナーに入った直後、トリィネは身体を窓から突き出し、ライフルを構えた。

 スレヴァーはハンドル操作をわざと遅らせて、反対車線に侵入する。逆走しながらのカーブ。今の彼に、対向車の事を考える余裕はなかった。

 

 左のドアミラーで、ヘッドライトが光った。瞬間、彼女の指が引き金を引く。

 銃声が轟き、マズルフラッシュが彼女の横顔を照らす。吐いた白い息に、銃口から立ち上る煙が重なった。

 そんな彼女の姿を尻目に、スレヴァーは慎重にアクセルを踏む。なんとか車は安定を取り戻し、スレヴァーは安堵して息を漏らした。

 

 ルームミラーには、タイヤから煙を漂わせながら、みるみる離れていく追跡車の姿があった。どうやら、上手く行ったようだ。


「ナイス、トリィネ」


 スレヴァーは拳をトリィネに向ける。トリィネは窓を閉めると、雪で真っ白な頭を揺らしながら、満面の笑みでグータッチをした。

 スレヴァーたちはしばらく車を走らせたのちコンビニに滑り込む。サイドブレーキを引くと後部座席を覗き込む。これまでにないほど真剣なまなざしをタイキに向けた。


 語らずとも伝わったようだ。強がりか、タイキは穏やかな笑顔を見せる。


「ここでいいよ。ありがとう」


 トリィネはギョッとしてスレヴァーに詰め寄る。


「なんで?絶対まだ危ないよ」

「客がここまでって言ってんだ。ならここまでだろ」

「でも、追われてるんだ。危険だよ」

「トリィネ、俺たちは運び屋だ。何でも屋じゃない。運んだらそこで終わりなんだよ」


 タイキは荷物をまとめ車から降りる。寂しそうな表情をするユキノからスレヴァーは目をそらす。


「報酬は車に置いておいた。ここまで本当にありがとう」

「この辺は都会だ。人ならいくらでもいる。それに金はないわけじゃないんだろ?一度は観光バスに乗ってるくらいだからな」

「それほどでもないよ。会社は倒産しちゃったしね」

「タイキさん、ユキノちゃん……これ」


 トリィネはおにぎり数個と暖かい飲み物が入った袋を手渡す。


「さっき結局ご飯食べられなかったから、良かったら食べて」

「……ありがとう。じゃあユキノお兄さんたちにサヨナラして」


 ユキノは困惑しながらも二人に手を振る。二人も返事をするように手を振った。

 雪が降る街の中、ユキノとタイキは体を震わせながら歩いていく。ユキノの「またね」という声だけが頭の中で響いていた。

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2025年12月21日 18:00
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