第4話 時の衛人②
自動ドアが開き暖房の熱気がどっと押し寄せる。駐車場からここまで数メートル。それでも彼らには凍えるような思いをした。捲っていた袖をもとに戻し、シャツ本来の姿を取り戻している。
そんな彼をこの店は文字通り暖かく迎え入れてくれたのだ。
マップを指でなぞり、お目当ての店を探す。目的地である服屋は2階にあるようだ。
道中、一行はユキノペースに合わせて歩く。
小さい歩幅。初挑戦のエスカレーター。彼女を誘惑する店の数々。
普通なら一分程度の道も彼女には数分の冒険だった。知らない店なら尚更。
「とうちゃく〜!」
ユキノは満足げに鼻を鳴らす。思わず3人は拍手をした。
2人が服を選んでる最中、スレヴァーはふと自分の身なりに目をやる。
「トリィネ、2人のこと任せていいか?」
「別にいいけど……。なんかあった?」
「ちょっと買いたい物があってさ。すぐ戻る」
そう言うと、スレヴァーは手近な案内板をちらりと見て、フロアの奥へ歩いていく。
生活用品、雑貨、靴……いろいろな店が並ぶ区画に入るが、スレヴァーがどの店に向かったのかは三人からは分からない。
少しして、スレヴァーは細長い紙袋を片手に戻ってきた。
袋は軽そうで、特に大したものが入っているようにも見えない。
「お待たせ。そっちはどう?」
「バッチリ!ユキノちゃんの服、もう決まったよ」
ピンクのフード付きダウンジャケットと長ズボン。フード部分には可愛い装飾がされている。
「..... 可愛い服だね。角ついてる。鹿かな?」
スレヴァーが何気なく言うと、ユキノはフードの端を得意そうにつまんで笑った。
「ちがうよ!トナカイ!サンタさんのやつ」
「そうか、サンタさんのか」
ユキノは満面の笑みで頷く。純粋無垢な笑顔にスレヴァーは釘付けになっていた。2人の間にトリィネが割って入る。
「ねえねえ、トリィお腹空いた。なんか食べない?」
「安心しろ。元からそのつもりだ」
スレヴァーはタイキたちに目を向ける。
「2人も食べていきますよね」
「いや……私たちは迷惑だろうしそろそろ──」
──ぐぅ~
音にひかれてユキノへと視線が集まる。顔を赤らめながらお腹を擦っていた。
「ユキノちゃんもお腹空いてるみたいだし……一緒に食べよ?」
トリィネが軽く肩をすくめて言うと、タイキは苦笑いを浮かべた。タイキの背後でユキノが力強く頷く。
「いっしょにたべる!」
その一言に、タイキは降参したようにため息をつく。
「……わかったよ。じゃあ、お邪魔します」
「よし、決まり!」
スレヴァーが軽く指を鳴らすと、トリィネがユキノの上着のチャックを整える。
「じゃあ行こっか。レストランのフロア、たしか一階だよね?」
「じゃあ、しゅっぱーつ」
その声に引っ張られるように、4人はフードコートへと歩き出した。
スレヴァー水を3つ持ちタイキの座る机に向かう。トリィネとユキノは一足先に注文へ行き、一人残るタイキは場所取りをしてくれていた。
思いつめたような表情をするタイキだったが、スレヴァーに気が付くと無理に笑顔を作った。
「お水、ありがとう」
「どういたしまして」
お昼時の一番混むであろう時間は過ぎたというのに、未だフードコートは人であふれていた。群衆の中で沈黙する成人男性二人。逆に目立って仕方がない。何か話題を振ろうとしたところで、タイキの口が開く。
「食事をしたら解散にしましょう。これ以上世話になるわけにはいかない」
「……解散?何を言ってるんですか?」
「言葉通りの意味だよ。ここで別れようと言っている」
再び沈黙。言葉が出てこない。スレヴァーはごまかすように小さく笑った。
「変なこと言いますね~。そんなことしたら帰れなくなっちゃいますよ」
タイキは何も言ってこない。ただ、スレヴァーの目をじっと見つめるだけだった。
それに応えるようスレヴァーの目も鋭くなる。
「やっぱりそういうことでしたか」
「気づいてたんだね。どうして?」
「冗談でしょ?気づかないわけがない。過去に行きたいという割に、過去でしたいことも別になさそうに見える。なら答えは簡単。過去に行くのが目的なんだ」
スレヴァーは財布を手に立ち上がる。
「注文してきます。……タイキさんも決まってるなら一緒に頼んできますけど」
「……理由は聞かないのかい」
「言ったでしょう詮索はしない。しょせん運び屋。内情に興味はありませんよ。それとも聞いてほしかったですか?」
タイキは薄く笑った。やけに穏やかで、一線を引かれたような笑顔。一歩引いたような彼の顔を見てスレヴァーは息をのんだ。
そうだ。ここで彼を問い詰めるのは、スレヴァーの「運び屋」信条に反する。自分たちがしているのは単なる運送に過ぎない。タクシー運転手がどこへ何をしに行くのか聞かないのと同じだ。客に拒絶されたのなら尚更。
「この時代のラーメンは安くていい。キミらもそう思わないか?」
隣の席の男が唐突に話しかけてくる。
中年と青年の男性二人組。どちらもスーツ姿で、昼休憩中の会社員といったところだろうか。
戸惑ってるスレヴァーたちの代わりに、同席の青年が答える。
「時代は関係ないですよ。このラーメン屋が安いだけです。この地域のソウルフードらしいですよ」
視線は自然と青年に向く。真っ黒な髪はオールバックで整えられており、ぎらついた細い目元がよく見える。仕事のできるエリートサラリーマンを体現したような見た目。
一方中年の男はずいぶんとくたびれていた。髪はぼさぼさ、目にハイライトはなく、吸い込まれそうなほど真っ黒。無精髭は整えられておらず、どこかだらしなさが見える。
そんな二人に共通して言えることは、鍛えられた肉体だった。スーツの上からでもわかる筋肉質な体。
「なんでそんなところで突っ立ってんの?」
注文を終えたトリィネとユキノが戻ってくる。手には呼び出しベルを持っていた。
不審者を見るような目をスレヴァーに向ける。
「嬢ちゃん達もラーメンか?」
中年が気安く声をかけると、トリィネの目つきがさらに鋭くなる。
「……誰?」
「俺は鎌瀬レン。こっちは部下の犬上ケンだ」
犬上はわずかに顎を引き、静かに口を開く。
「貴様らは名乗る必要ないぞ。どうせ後で聞くことになる」
トリィネは「……貴様」と呟く。彼らの態度に違和感を覚えているようだった。
「なーんか上から目線で嫌な感じだな」
「犯罪者には当然の態度だ」
「犯罪者?」
鎌瀬は器をドンと机に置く。スープ一滴すら残っていない。完食完飲だ。水を一口飲むと、くすんだ眼をタイキに向けた。
「……時空移動ってのはな。ひとりが勝手に動いただけで、未来の誰かが死ぬかもしれない。……そんな危険な娯楽だ」
トリィネは呼び出しベルを机に置く。
時空移動─この一言で明らかに空気が変わった。スレヴァーの背筋も自然と伸びる。
鎌瀬は空になった丼を指で弾き、小さな音を立てた。店内のざわつきの中で、その音だけが妙に響いた。
「それでも破ったバカがいた。観光目的以外の利用は禁止されてるって何度も言われてんのにな。……薬を持って過去に行こうとした」
鎌瀬は淡々と語りながら、ゆっくりとタイキを見た。
「不法越刻既遂及び時空秩序侵害未遂」
罪状だけを、石のように重く落とす。
「妻を救いたかっただけだ。世界の破壊者第一号にしてはずいぶんぬるい理由だったな」
沈黙のあと、鎌瀬は口元だけ笑った。
「なあ、坂東タイキ」
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