第3話 時の衛人①

光に包まれたのも束の間、車の目の前に道路が広がる。ルームミラーに先程まで後ろを追ってきていた警察の姿はなく、スレヴァーは安堵の息を漏らす。

 周りを見ると目に入る建物はどれも背が低く、スレヴァーは過去に来たことを実感していた。

 後部座席から感嘆の声が聞こえてくる。ミラーに映るのは目を光らせる少女とそれを眺める父親の姿。


「過去につきましたよ」


 スレヴァーの言葉にタイキはハッとする。


「そ、そうか」

「意外とあっさりですね。人によっては本当に過去か疑ってきたりするんですけど」


 スレヴァーの軽口に、タイキは作り笑いのような表情を浮かべた。視線を窓の外へ泳がせ、わざとらしく周りを見回す。


「……ああ。うん。ありがとう」


 スレヴァーには、どこかその反応が引っかかった。


「それより、タイムマシンのほうに驚いたよ。まさかこんなどこにでもある車がそうだなんて」


 打って変わってタイキのテンションが上がる。声色からもそれは明らかだった。


「これはどこで手に入れたんだい?」

「さっきも言ったでしょう。企業秘密。詮索はなしです」


 車は信号機につかまりゆっくりと停車する。ギギギとサイドブレーキの鈍い音が鳴ると、車内に沈黙が訪れた。

 助手席に座るトリィネは「あ……」と小さく声をもらした。スレヴァーの視界の端で、トリィネは見つけた何かを追うべく必死に振り返っている。その様子から何が見えたのか気になったスレヴァーは、ドアミラーを覗き込んだ。

 そこには歩道を歩く小学生の軍団が歩いていた。


「いいな〜ランドセル」


 ユキノの声が窓越しに伝わってくる。見ると顔を窓に押し当てて、必死に外を眺めようとしていた。

 タイムスリップでは、こういった日常の光景も新鮮で、観光の一部になっている。未来では見られない過去の文化は珍しいもので、目の前に広がる日常から得られる非日常感は、他のものには代え難い感動があるらしい。

 初めて見る小学生の姿にユキノはくぎ付けになっていた。


「ランドセル、欲しくない?」


 そう言うトリィネの目はいつも以上に輝いており、過去で見つけたものをすぐに欲しがるという悪癖が出ていた。特に同年代が身につけているものには目がない。


「全く欲しくないな。俺はもう19歳だぞ。今さらランドセルなんか背負えるかよ」

「でも、あんなに頑丈そうなカバン他にないよ。ちょうどいいじゃん!」

「今のカバンで十分だろ」


 こういった会話は日常茶飯事だ。妹の興奮に付き合う気にもならず、スレヴァーは軽くあしらう。無駄なやりとりで少し賑やかになった車内もやがて静かになった。

 ウィンカーの音ですらやかましく感じるほどだった。空気を読んでかタイキが口を開く。


「それにしても荷物多いんだね」


 車両後部は座席兼荷物置きとなっている。日用品、娯楽用品、そして不動のバイク。様々なものが置かれていた。

 何やら後方からガチャガチャと音がする。恐る恐る覗くと、ユキノが荷物をいじっていた。

 彼女が触っているのはアタッシュケース。中をチラ見して、タイキは咄嗟にそれを閉じる。


「こ、これって」

「み〜た〜な〜」


 トリィネは必死に低い声を出す。脅しとしては少し足りない。可愛さだけが残っていた。


「子供が触ると危ないものも多いから気をつけてね」

「タイキさんどこで降ろせばいいんです?」


 スレヴァーの質問に、タイキは「送ってくれるのかい?」と質問で返す。


「そりゃ〜過去に送るだけでほっぽりだすわけにもいかないでしょ。未来に帰さなきゃ」


 沈黙が車内を満たす。何も言わない彼にスレヴァーは困惑した。

 

「クシュッ」


 ユキノのくしゃみが車内に響く。スレヴァーは、思い出したかのように体を震わせ、無言でエアコンの温度を上げた。

 適当に飛んだがどうやら冬のようだ。街ゆく人たちは暖かそうな上着に身を包んでいる。半袖の彼らには耐えられるはずもない寒気。エアコンという未来の技術に今は感謝するしかなかった。


「そういえば、2人は冬服持ってます?」

「いや、持ってないな」

「すみません。適当に時間を設定したばっかりに……」

「じゃあさ、服買いに行こうよ!」

「そうはいってもこの時代のお金なんて」


 トリィネはニヤリと笑みを浮かべる。シートベルトを外し軽快に後部に移動した。

 ガチャガチャとやかましい音が鳴る。札束を自慢げに掲げ下品に笑った。


「すごい。いろんな時代のお金がある」

「両替ならいくらでもできるよ!」


 タイキは苦笑いしながらもホッとしたようだった。


「……それなら、服を買えるところに連れて行ってもらっていいかな?」

「もちろんです。半袖の子どもを冬に放り出すわけにもいかないので」


 スレヴァーはウインカーを出し、近くの総合スーパーの看板へと車線を移す。ここならスレヴァーの食欲も満たすことができる。

 腹の虫を鳴らしながら、スレヴァーは駐車場へと滑り込んだ。

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