第2話 違法越刻は運び屋へ②

「スレヴァーくん、話の続きだけど……」


 店内のざわつきを、タイキの声が掻き分ける。

 

「はい」

「掲示板のことは本当なのかい?」

「掲示板のことというと……」

「お金さえ払えば、過去や場合によっては未来に何でも運ぶ。そう書いてあった。これは本当か?」

「事実ですが」


 タイキは目を見開き机の水を一気に飲み干した。興奮したように息を荒げる。


「そんな危険なことをやってるやつが現実にいるだなんて……。というかタイムマシンはどうやって、それと時衛隊のやつらに追われたりはしないのかい?」


 トリィネは引き気味にタイキを見る。ユキノも父の姿を見てあっけにとられていた。

 

――無理もない。

 

 タイムマシンが実用化されたこの時代でも、それを自由に使える人間はいない。その権利、特許は一企業プラネテスが独占しているから。

 厳しい規制が敷かれた時間旅行では、持ち物の持ち込みなどもってのほか。大金を払ってできるのは、ただ「観る」ことだけだ。

 スレヴァーたちは、その厳しい規制をかいくぐり運搬している――違法な運び屋だ。

 スレヴァーは照れくさそうに指で頬をかく。


「……企業秘密です」


 タイキは「そうか」と一言だけ言うと、おとなしく椅子に座る。前のめりになるほどの興奮はあっさり冷め冷静さを取り戻す。そのあっけなさにスレヴァーが困惑していた。

 固まったスレヴァーの横腹をトリィネが優しくつつく。


「えっと……早速依頼について聞いてもいいですか?」

「ああ、実に簡単なことしか言えないのだが、私たちを過去……具体的には1990年あたりに連れて行ってほしいんだ」

 

 依頼内容は単純なもの。だが、自分たちにわざわざ依頼をしてくる点から、それが言葉通りであっても何か裏があると理解していた。

 しかし、トリィネは違ったようだ。


「過去に行きたいなら観光バスでいいんじゃない?」

「それは……ちょっと事情があって」

「事情……?なんか観光以外にしたいことでもあるの?あ、それとも値段?高いよね~」


 タイムスリップには莫大な金がかかる。一般市民にはとても払えないような額だ。それを理由にスレヴァーへ依頼をしてくるものは少なくない。

 しかし、タイキの言う事情はそう簡単なものでないように見えた。タイキは気まずそうに下を向く。落ち着かないのか手をいじっていた。


「別に無理に言う必要はないですよ。しょせんは非合法な運び屋。何か抱えている人なんて山ほど見てきたし、そこに首を突っ込むつもりはない。……お互いにね」

「……そういってもらえると助かる」


 暗い雰囲気を壊すように配膳用ロボットが愉快な音楽を奏でながら割り込んでくる。届いた飲み物を各々口に含む。緊張で乾いた口を潤したところで、スレヴァーはトリィネのリュックから封筒を取り出した。


「これ、大人子供一人づつの請求書になります」


 タイキは恐る恐る封を開ける。中身を見ると、息を漏らした。

 

「た、高いね……」


 タイキは呆然といった具合で、どこか遠くを見つめる。


「公式に比べたら随分と安いよ!それに好き放題できるし!」


 トリィネの言葉にタイキの瞳が揺れる。ユキノを意味ありげな目で見つめていた。

 

「……そうだね。よろしく頼むよ」


 スレヴァーは小さく頷く。ユキノがオレンジジュースを飲み終え「ぷはー」と声を漏らした。

 それを追うように二人も飲み干す。コップもカラになり、この店に未練はもうない。

 車のキーを指で回し、駐車場を指さした。


「さっさと行きましょう」

「そうだね。よし!ユキノいくか!」


 抱きかかえられたユキノは元気よく「おー」と返事をする。

 その姿はまるでアトラクションに乗る娘と、それに付き添う親のようだった。今から犯罪をするというのに、とてもそうは見えなかった。

 

 運び屋の二人は一足先に支払いを終え、流れるように車へと乗り込む。日が当たる場所に駐車された車の中は、外よりも暑くなっていた。

 支払いを終えたタイキとユキノも遅れて車に乗り込む。

 ほとんど荷物置き場とかしている後部座席。そこに座らせるのは少々心苦しかった。

 

 スレヴァーはキーを回し、エンジンが唸り声をあげる。車の鼓動がシートからスレヴァーの体に伝わってくる。この時代には見られない排気ガスの匂いとエンジン音で通行人の注目が車へと一気に集まった。


「これすごいうるさいね」


 ユキノのまっすぐな意見にトリィネは微笑む。


「なんでさ、こんなにうるさいの?」


 ユキノの感想と疑問は彼女が子供だからというわけではない。現代でガソリン車は廃止されており、街を走っているのは電気自動車ばかり。

 つまり、この車をうるさいと思うのは現代に生きる人なら当たり前の感覚であり、それ故、注目浴びるのは当然だ。

 現在進行系で集まる視線に、スレヴァーは冷や汗をかいていた。


「ねえ、お兄ちゃん」

「なんだ」

「警察。来た」

「あ?どこだ」

「目の前。今、あたし睨まれてる」


 スレヴァーが顔を左に向けた瞬間、警官二人と目が合った。

 窓越しに鋭い視線がこちらを貫く。


「全員シートベルトをつけろ」


 サイドブレーキを外し、一気にアクセルを踏む。ギアを1速、2速と滑らかに切り替えると、車体はうなり声を上げながら駐車場を飛び出した。

 指定された時間へと飛ぶべくスレヴァーはさらにアクセルを踏みこむ。タイムスリップにはいくつか条件があるが今足りてない条件はスピードだけだ。


「ひゃっほー!」


 ユキノの声が車内に響く。被せるようにトリィネが叫んだ。

 

「お兄ちゃん、追っかけてきてるよ」


 スレヴァーがバックミラーに目をやると、ぴったり追いかけてくる警察車両が見える。視界の端で赤いランプが点滅し、耳をつんざくサイレンが響く。スレヴァーは心臓が跳ね上がるのを感じた。


「タイキさん、スピード出すんでユキノちゃん抑えて」

「わ、わかった」


 スレヴァーの意思に応えるように車は加速する。それと同時に電気自動車オンリーのこの時代にはそぐわないマフラー音が街を引き裂くように響いた。


「前の車止まりなさい!」


 スレヴァーはルームミラーを覗き、眉をひそめた。


 「チッ……二台目かよ」


 一台は撒いたはずだった。だが別の影がぴったりと食らいついている。

 通りは人でごった返しており、ハンドル操作を誤れば誰かの命を奪ってしまう。交差点をいくつも曲がる度、スレヴァーは心臓が跳ね上がるのを感じた。目の端で歩行者が動くたび、足がブレーキにかかる。


 だが次の角を抜けると、視界が一気に開ける。歩道と障害物はない、だだっ広い直線。

 スレヴァーは即座にアクセルを踏み込んだ。


───ここしかない。


「全員時間を飛ぶ。サングラスをしろ」

「え!?こ、これで?……じゃあ、これが?」


 なんの変哲もない彼らの乗る車。これこそがまさにタイムマシン。

 タイキは声を震わせる。彼の慌てふためく様子が見ずとも想像できた。

 

「はい、お兄ちゃん」


 トリィネはすでにサングラスをつけており、待ってましたと言わんばかりにスレヴァーへと手渡す。


「ちなみに着けてないのはお兄ちゃんだけだよ」


 後ろを見ると二人の耳にもサングラスがかかっており安堵する。

 

「時間は……1990年あたりっと。……んじゃ行くぞ!」


 速度メーターは150キロをさし、サイレンの音はどんどん遠ざかる。車の周りをサングラスで遮切れないほどの光が覆い、唸るエンジンとトリィネの叫び声が重なるとそのままスレヴァーたちはその場から車ごと消えるのだった。

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