第7話 通信担当の記録【弐】
弥生2日 傍受記録
セクター7からの通信を傍受。
ただし、定時通信ではない。暗号化されていない、生の音声。
——聞いているか。誰か。誰でもいい。
私は——
[ノイズ]
——だ。セクター7の——
エコーについて報告する。
エコーは——
[長い沈黙]
嘘だ。全部嘘だ。
私は一度も見ていない。誰も見ていない。
なのに、報告書には「見た」と書いている。
なぜかわかるか。
書かないと——書かないと——
[ノイズ]
——が来る。
——が聞いている。
——が
[通信途絶]
弥生2日 個人ログ
聞いてしまった。
誰かがセクター7から発信していた。助けを求めていた。
「エコーは嘘だ」と言っていた。
「誰も見ていない」と。
そして——「何かが来る」「何かが聞いている」と。
これを報告すべきか。
いや——報告したらどうなる?
過去のログを再度確認した。「エコーの実在を疑う」発言が記録されているケース。
全て、その直後に通信が途絶している。
セクター14。途絶の12時間前に「エコーは集団幻覚ではないか」という通信を傍受。
セクター11。途絶の6時間前に「エコー報告のノルマを廃止すべき」という提案を傍受。
セクター16。途絶の直前に「私は嘘をつき続けてきた」という告白を傍受。
パターンがある。
エコーの虚構を指摘した者は、消える。
弥生3日 傍受記録
古い通信ログを遡っている。
崩壊歴2年〜10年の記録を検索。キーワード:「A-0001」
結果:15件
崩壊歴3年、発信元:中央管制室、発信者:A-0001
各セクターへ通達。
観測対象「エコー」について。
本対象の記録方法を以下のように統一する。
1. 視認した場合は必ず報告せよ。
2. 報告形式は添付のテンプレートに従うこと。
3. 報告内容について、質問や議論は禁止する。
4. 各自の観測結果のみを報告せよ。他者の報告について言及するな。
以上。
この通達が、エコー報告の出発点らしい。
発信者はA-0001。最初の観測員。
「質問や議論は禁止する」——最初から、疑問を持つことは禁じられていた。
崩壊歴5年、発信元:セクター4、宛先:中央管制室
A-0001殿
エコーについて質問がございます。
我々は何を観測しているのでしょうか。
報告書には「半透明の人型」と書いておりますが、正直に申し上げて、私は何も見ておりません。気配を感じただけです。しかしテンプレートに従うと「半透明の人型を視認」と書くことになります。これは虚偽報告ではないのでしょうか。
ご教示いただければ幸いです。
観測員F-0021
崩壊歴5年、発信元:中央管制室、宛先:セクター4
F-0021殿
ご質問を受領した。
回答:
あなたが「気配を感じた」のであれば、あなたはエコーを観測している。「半透明の人型」という表現は便宜的なものである。実際の視認形態は観測者によって異なる。
テンプレートに従って報告せよ。それが、あなたを守ることになる。
A-0001
「あなたを守ることになる」——奇妙な表現だ。
何から守るのか。
弥生5日 個人ログ
A-0001の通信を分析した。
文体が異常だ。
他の観測員の通信には、揺らぎがある。言い淀み、訂正、感情の漏出。人間らしさがある。
A-0001の通信には、それがない。
完璧に論理的で、完璧に明晰で、完璧に——人間離れしている。
機械が書いたようだ、というのとは違う。機械はもっと硬い。A-0001の文体は硬くはない。むしろ柔らかく、丁寧だ。
しかし、その丁寧さが不自然なのだ。人間が書くには、あまりにも——
あまりにも、迷いがない。
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