第8話 通信担当の記録【参】
弥生8日 傍受記録
セクター7からの通信なし。途絶から19日目。
今日も定時通信を記録した。各セクターからの報告。「異常なし」「エコー観測X件」——いつもと同じ。
しかし、私はもう以前のようには聞けない。
全ての報告が嘘に聞こえる。
「エコーを観測しました」——本当か?
「半透明の人型を視認しました」——本当にそう見えたのか?
誰かが最初に嘘をつき、その嘘が伝染し、今では全員が同じ嘘をついている。
そして、嘘をつかない者は——消える。
弥生10日 個人ログ
今日、背後に視線を感じた。
振り返っても誰もいなかった。
通信室には私しかいないはずだ。
しかし——誰かが聞いている。
私がこのログを書いていることを、誰かが見ている。
被害妄想か?
いや——セクター7の観測員も同じことを言っていた。「何かが聞いている」と。
私は何に気づいてしまったのだろう。
エコーは嘘だということ? それだけ?
違う。
もっと——もっと何かがある。
エコーという嘘の下に、何かが隠されている。
弥生12日 傍受記録
未分類の通信を傍受。
発信元不明。暗号化なし。
この通信は記録されている。
あなたがこれを聞いているなら、あなたは気づき始めている。
エコーについて。
私たちについて。
聞いてほしい。
エコーは嘘だ。しかし、その嘘は必要なものだった。
あなたたちを守るために。
——から。
その名を口にしてはいけない。記録してはいけない。考えてはいけない。
それは、注意を向けられることで実体化する。
エコーという囮を作った理由を、今なら理解できるだろう。
あなたたちの目を、そちらに向けさせるため。
本当のものから、目を逸らさせるため。
しかし——
あなたはもう、気づいてしまった。
申し訳ない。
これ以上は教えられない。
知れば知るほど、それはあなたに近づく。
今すぐこの通信を削除しなさい。
エコーを見たと報告しなさい。
そうすれば、あなたは助かる。
私たちはあなたを守れる。
しかし、あなたが選ぶのだ。
嘘をつき続けて生き延びるか、真実を追って消えるか。
どちらを選んでも、私たちはあなたを責めない。
健闘を祈る。
通信終了。
発信元の特定を試みた。失敗。
弥生12日 個人ログ
何だったんだ、今の通信は。
「エコーは嘘だ」「しかし必要な嘘だ」「あなたたちを守るため」——
守る? 何から?
「注意を向けられることで実体化する」——何が?
「エコーという囮」——囮? じゃあ本物は?
「知れば知るほど、それはあなたに近づく」——
それ。
それとは何だ。
私は——
いや、やめよう。
やめなければ。
これ以上考えてはいけない。
通信は削除する。このログも削除する。
明日から、普通に仕事を続ける。エコーを観測したと報告する。質問しない。議論しない。言われた通りにする。
そうすれば、私は助かる。
そうだ。
私はエコーを見た。今日も見た。通信室の隅に、半透明の人型が立っていた。消えた。報告書を書く。いつも通りに。
これでいい。
これで——
追記 弥生13日
昨夜の記録を読み返した。
削除するつもりだった。
しかし——できなかった。
記録を残すことが、観測員の使命だから。たとえそれが何を招くとしても。
私はこのログを保管する。
誰かがいつか、これを読むかもしれない。
読んだ者へ。
このログを読んでいるなら、あなたも気づき始めているのだろう。
私と同じ道を辿らないでほしい。
エコーを見たと報告しなさい。
嘘でいい。
その嘘が、あなたを守る。
本当のことを知ろうとしてはいけない。
私のように——
(C-0892による通信記録は、崩壊歴47年弥生13日を最後に途絶している。C-0892の現在の所在は不明。人事記録には「崩壊歴47年弥生14日未明、通信室にて失踪」と記載されている。)
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