第8話
王城・謁見の間。
かつては誇りと威厳に満ちていた空間は、今や重苦しい沈黙に支配されていた。
壁には、応急処置の魔法陣。
床には、亀裂を塞ぐための簡易補修跡。
――王都は、まだ震えている。
「報告せよ」
玉座に座るレオンハルト王太子の声は、以前よりも低く、疲れを帯びていた。
「北区画、被害拡大中です」
「魔獣の侵入は抑えましたが、結界は依然として不安定です」
「犠牲者は?」
「……増え続けています」
拳が、玉座の肘掛けを叩いた。
その音は、空しく響くだけだった。
「……結局」
殿下は、ゆっくりと呟く。
「彼女なしでは、立て直せないということか」
答える者はいない。
それが、答えだった。
「使者を出す」
その言葉に、側近たちがざわめく。
「エリシア・フォン・リーネ」
「彼女を、正式に迎え入れる」
沈黙の中、老魔術師が一歩前に出た。
「……恐れながら」
「条件を、提示できる立場ではございません」
殿下の表情が、歪む。
「分かっている」
「だが、頭を下げる以外に、道はない」
――かつて、自ら追放した相手に。
その屈辱を噛みしめながら、殿下は続けた。
「第一使節団を編成する」
「
「……正式な、救援要請として?」
「そうだ」
誰かが、息を呑んだ。
「王国の名の下に」
「彼女の助力を、乞う」
その夜。
重装の馬車が、王城を出立した。
王家の紋章を掲げた、誇り高きはずの使節団。
だが、今のそれは――敗者の行列にしか見えない。
一方、辺境・ルーンフェルト。
騎士団本部の屋上で、エリシアは夜空を見上げていた。
「……来ますね」
隣に立つカイルが、静かに頷く。
「ええ」
「王都から、使者が」
彼は、空気の微かな揺れを感じ取っていた。
「どうされます?」
エリシアは、少しだけ考え、答えた。
「会います」
そして、静かに付け加える。
「ただし――」
「“元の場所に戻る”という話なら、お断りです」
風が、髪を揺らす。
彼女の瞳は、もう王都を見ていなかった。
「私は、ここで必要とされています」
「それだけで、十分ですから」
遠く、街道の彼方。
王家の紋章を掲げた馬車が、闇の中を進んでいた。
その先に待つのが、
許しなのか、拒絶なのか――
それを決めるのは、
もはや、王国ではなかった。
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