第2話

王城を出た瞬間、夜風が頬を打った。


 あれほど豪奢だった舞踏会の光と音は、重厚な扉の向こうに閉じ込められ、まるで最初から存在しなかったかのようだ。


「……追放、ですか」


 ぽつりと呟く。

 声は、思っていたよりも落ち着いていた。


 その場で剣を突きつけられなかっただけ、まだ温情があるのだろう。

 王太子殿下の“慈悲”とやらか。


 城門の外では、簡素な馬車が一台、用意されていた。

 従者もいない。護衛もいない。


「王都の外までお送りいたします」


 淡々と告げた兵士は、私を見ようともしなかった。

 きっと、私がどんな存在だったのかなど、知ろうともしないのだろう。


 ――それでいい。


 馬車が走り出す。

 窓の外に流れる夜景を眺めながら、私は膝の上で手を組んだ。


(……これで、終わり)


 胸の奥に、わずかな痛みが走る。

 けれど、それは悲しみよりも、長く続いた緊張が解けたような感覚に近かった。


 私はずっと、気づかれないように生きてきた。


 王家の地下深く。

 誰も立ち入らない古代の祭壇。


 そこに刻まれた魔法陣を、日々、整え続ける役目。

 それが、私の仕事だった。


 派手な魔法も、戦闘能力もない。

 ただ、壊れかけた“仕組み”を、静かに支えるだけ。


 それでも。


(あれが、止まったら……)


 私は、ふっと目を閉じた。


 ――いいえ。

 もう、考える必要はない。


 国は私を切り捨てた。

 ならば、私も、役目を降りるだけ。


 馬車が、がくりと揺れる。


「王都外です。ここから先は、ご自身で」


 そう告げられ、私は小さな鞄だけを渡された。

 中身は最低限の衣類と、わずかな金貨。


 門が、重く閉じられる。


 その瞬間。


 ――ズン、と。

 足元の大地が、わずかに震えた。


「……?」


 兵士たちが顔を見合わせる。


「今のは……地震か?」

「いや、こんな微弱な……」


 私は、胸元に手を当てた。


 感じる。

 微かな、けれど確実な“歪み”。


(……もう、反応が出始めている)


 私が王都から離れた。

 それだけで、“均衡”が崩れ始めたのだ。


 ――早い。


 思っていたよりも、この国は、脆かった。


「……知りませんよ」


 誰にともなく、呟く。


「私は、もう忠告しましたから」


 兵士たちの不安そうな視線を背に、私は夜道を歩き出した。


 行き先は、決めていない。

 けれど、不思議と恐怖はなかった。


 この世界は、広い。

 私の価値を、最初から正しく見る人間が、一人もいないはずがない。


 背後で、王都の灯りが揺らめく。


 その光が、今まで以上に遠く、頼りなく見えた。


(さようなら、王都)


 私が歩みを進めるたび、世界は静かに、確実に――変わり始めていた。

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