第7話
最寄り駅に戻った頃には、すっかり朝だった。
コンビニで買った缶コーヒーを片手に、改札を抜ける。
ホームから吹いた風が、シャツの裾をそっと揺らした。
スマホの音楽アプリを開く。
検索欄に彼女の名前を打ち込むと──すぐに出てきた。
そこには、プロとして活動する“彼女の声”が、いくつも並んでいた。
「……やっぱ、すごいな」
流れてきたのは、夜のカラオケで彼女が最後に歌ってくれた曲。
同じ曲なのに、あのときよりも少しだけ遠く感じる。
届きそうで届かない、けどちゃんとそこにある──そんな声だった。
ポケットから、くしゃくしゃのレシートを取り出す。
その裏には、あの人の手書きメモ。
《次までに、キー下げて練習しておくこと》
《高音は腹から、ね》
《課題曲:3つ。……これ、内緒だよ》
《※毎週火曜の夜なら、たぶん空いてるかも。……たぶん、ね?》
……ずるいな。
そんなメモ書きひとつで、こっちは何回読み返してると思ってるんだ。
音楽を止めて、イヤホンを外す。
水曜の朝にしては騒がしい駅前で、僕はひとり、空を見上げた。
「……火曜、か」
その言葉に、背中をちょっとだけ押された気がした。
また会えるかもしれない。いや、会えないかもしれない。
でも、それは──
次の火曜の夜に、答え合わせすればいい。
◆
終電を逃して、ただ時間を潰すだけの夜だと思ってた。
でも、あの声が──たった一晩の出会いが、
気づけば、僕の中に残ってる。
火曜日が、ちょっとだけ待ち遠しいなんて。
……ほんと、ずるい人だよ。あの人は。
終電逃したら、推しがいた件につい て 緋室井 茜音 @himuroi
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