パンダが去ったあとのこと

干蛸

パンダが去ったあとのこと

 ある日、突然パンダが祖国に帰ることになった。


 和田山わだやま県の温暖な土地にめぐまれたのか、中津なかつ国から借りうけたジャイアントパンダの繁殖に成功した。

 伝説的な雄パンダが16頭もの子をもうけ、世界でもほかに例のないパンダの聖地になった。

 それがある日、全頭が祖国に戻されることになった。中津国と結んだパンダ繁殖プログラムが終わったのだ。

 突然の報で県のいたるところに衝撃が走り、人々の顔色は一気に暗くなった。

 特にパンダを最高の資源としていた観光業界、飲食業界、また交通業界においての打撃の大きさは計り知れない。

 JPR西日本はパンダ写真がラッピングされた特急電車パンダ号で人を和田山に誘い続けられると考えていたが、ラッピング特急が登場してそれが無意味になるまで僅かな期間だった。

 そこから和田山は苦しみ悲しみと激動の日々。県民皆がパンダを愛していたからだ。


 まず、全頭返還を止められないか激しい議論が交わされた。

 国会議員はまったくあてにならなかった、彼らは故郷に何の思い入れもなかったからだ。これは今に始まったことではないので、大きな議論にはならずに済んだ。

 県議会は取っ組み合いの大喧嘩にまで発展し、県知事に対して不信任決議、県議会は解散。選挙の日程が立てられた。

 急遽組織されたパンダ党に注目が集まる。パンダ返還STOPをマニフェストにおいたパンダ党であれば、何があってもパンダ返還を止めるだろう、期待する人の声がテレビ和田山のローカルニュースで毎日のように放映されていた。

 開票日、投票率は過去最低の12.6%で現役与党が県政を継続することになった。

 パンダ党はその日、選挙事務所から夜逃げをし姿を消す。

 誰もがお互いの目をみず、お互いに責任をなすりつけ合う、した日々が始まった。


 新しい県政からの外務省への働きかけは虚しい結果に終わった。全国民の1/100に満たない和田山県民の願いと国益を天秤にかけられない。当然のことだったがその日から誰もが被害者の顔をするようになった。

 もう誰にも止める術はなかった。


 その日が来た。その日和田山市を縦断する国体道路に白バイに護衛された高級車の列。車の天井にはパンダの大きな写真が掲げられていた。

 和田山県中の人々が集まり街頭に立ちその車を見送った。年始の矛根ほこね駅伝みたいな光景だ。あるものはハンカチを濡らし、あるものはとめどない涙をそのままに、半狂乱になって服をやぶき泣き叫ぶものもいた。

 意味不明ながら橋から和田川に飛び込む男たちの姿もあった。県外のスポーツイベントと混同したものかもしれない。

 この光景は全国ニュースに流され、各地から非難が寄せられた。

 

 多くの人はこれでこの騒動から解放されると信じていた。これから起こることも知らず……


 和田山県の観光客総数は日帰り客を含め毎年平均3,000万人。ほとんどがパンダを旅程に組み込んでいたがこれが外れることになった。皆が大坂アニバーサーリーランドに目的地を変えた。

 パンダが去った後、観光客は年間15,000人程度まで下落。この15,000という数字も冠婚葬祭で和田山を訪れる人にアンケート用紙、観光にあらかじめ丸をつけたものを渡して得られたデータだ。

 パンダ観光に頼りきっていた県の財政はとんでもない赤字になった。とんでもない数字すぎて年度末の決算報告は期限なしの延期になった。


 パンダを何とかして戻せないか、これが県民にとって唯一すがる願いになった。

 県は外務省を通さず直接中津国との交渉を秘密裏に開始。

 県内の議論の末もっとも可能性が高いものに冊封さくほう体制が挙げられた。和田山県知事が和田山王として中津国に任命され、朝貢する。国家から離脱し、中津国の衛星国となることでパンダを再び貸与してもらおうという計画だった。

 中津国に打診するもにべもなく却下された。中津国は帝制を廃止しています、と真顔で返され県大使は帰ることとなった。


 これは当然ながら、全ての望みが絶たれただけにすまなかった。

 和田山県知事は内乱罪の疑いをかけられ、県庁は封鎖。県庁職員が次々と逮捕された。

 内閣府、財務省が介入し、和田山の財政の健全化が図られた。

 県、各自治体が命名権ネーミングライツを売りに出す。

 和田山県はしばらく「すきやき屋県」の名前で呼ばれるようになる。

 それも長くは続かなかった。

 最終的に二年間決算報告を出せなかった「すきやき屋県」こと和田山県は廃県、知行召し上げとあいなった。

 多くの若者が和田山を去った。廃県時点で和田山県の総人口は12万人だった。


 これがパンダが去ったあとに起こった出来事の記録だ。

 そしてこれからのことは誰にもわからない。

 私の住む和田山市は分割され民間企業のものになるだろう。干葉かんば県の醤油会社がお情けで手を上げてくれているらしい。

 子供のころから醤油は和田山が発祥のものだと教わってきた。

 だから私は本来のルーツに則った形で、これからもこの地で暮らしていくのだろう。

 (終)


※この作品に登場する全ての人物、団体はフィクションで、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

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