第1話 きっかけ

 近猪さんと仲良くなったきっかけを思い出そうとしていた。


 先週、授業がすべて終わった放課後、その日は朝から曇っていた。幸い雨はまあ降ってはいなかった。


 部活に入っていない俺は、喉が渇いたから自販機で飲み物でも適当に買って帰ろうと自販機のある場所に向かっていた。


「…ごめんなさい。あなたとは付き合えません」


 その言葉が聞こえて、足を止めた。

 声が聞こえた方を向くと、自販機のちょっと先、人通りの少ない場所で男女が向かい合っていた。

 男性の方は確か同じ二年生だったはず、運動神経抜群で色んな運動部の助っ人として引っ張りだこの人だったはず。名前は覚えてない。

 そしてもう一人の女性は俺の隣の席の近猪さんだった。

 近猪さん人気だもんなぁ、多分告白現場に出くわしちゃったよな俺。


「あたし、あなたの事よくわからなくて…だから、ごめんなさい」


 困ったように、でもしっかり断りを入れる近猪さん。

 これはもうそのままフェードアウトかなって、そう思っていたが。


「なあ良いだろ別に断らなくても、これから俺のこと知ってくれればさ。そうだ!お試しで付き合うってのはどうかな?なあいいだろ?」


 男の方は引き下がらずに言葉を続ける。


「いやあの、そういうのもちょっと…」


「何が嫌なんだよ、理由とかあんの?」


「理由とかそういうのじゃなくて…」


 一歩、男子が踏み出す。

 それに合わせるように、近猪さんは一歩下がる。


 う~~~ん、不味いことになってないか?

 このまま話が平行線のままだったら男の方は何するかわからない。というか結構イラついてるような感じだ。

 これはあれだな、先生を呼ぼう、うん。

 そう思い、俺は歩き出した。


「……あ?誰だよお前」


 二人がいる方へ。


 ……………何やってんだよ俺!?脳内では職員室に向かおうとしてたのに、体が無意識に二人の方に歩いちまったよ!え!どうしよう!?もうヤケだ!


「…もう断ってるみたいだからその辺にしたらいいんじゃないかな~なんて」


 うん。俺絶対こういうの向いてない。自分でもわかる、声が弱音過ぎる。


「は?だから何だよ、お前には関係ないだろ?」


 鋭い視線が俺を襲う。

 確かに関係ないけど、関係ないけども!


「確かに関係ないね。けどしつこいと嫌われちゃうよ?強引な人が良いって人はいるとは思うけど、そうじゃないみたいだしさ」


 それでも、俺の口は動く。


「だからその辺にしとけよ、な?」


 一瞬、周囲の空気が張り詰めた。

 男は舌打ちして、近猪さんを一瞥する。


「…チッ、わーったよ、もういいや」


 それだけ吐き捨てて、この場を去って行った。

 足音が遠ざかって行く音がする。行った?行ったかな?

 いなくなったのを確認して、ようやく肩の力を抜いて、緊張を解く。


「………はぁ~~~~~。緊張した~」


 もうこんな事したくない。次はありませんように。


「……あの、遠野くん」


 名前を呼ばれてビクッとする。


「助けてくれたんだよね、ありがとう」


 振り向くと、安心した表情をした近猪さんが俺を見ていた。


「いや、そんなこと…対したことはしてないよ」


「対したことしたよ」


 近猪さんは、ふふっと小さく笑った。


「正直、とても怖かったの、ありがとね遠野くん」


「そっか…それなら良かった、かな」


 それ以上気の利いた言葉は出てこなかったが、それ以上にさっきの俺の頑張り報われたような気がして、嬉しく思った。

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