第2話 リオ・ハミルトン ――指揮官になるしかなかった男

リオは「選ばれた」わけではなかった。

正確に言えば、残ったのだ。


あの日の宇宙は、驚くほど静かだった。

警報音も、悲鳴も、今となっては曖昧な記憶でしかない。

ただ一つ、胸の奥に沈殿した感覚だけが、今も消えずに残っている。


――自分だけが、生きている。


事故調査報告書には、原因と結果が淡々と並んでいる。

操作ミス、想定外のデブリ、判断の遅れ。

だがそこに、失われた名前の重さは記されていなかった。


仲間たちの顔は、夢の中でははっきりしている。

だが目を覚ますと、声だけが残り、姿は霧のように消えてしまう。


「リオ、君しかいない」


そう言われたのは、調査団の選抜会議の席だった。

彼は断ろうとした。

自分には、人を率いる資格などないと思っていたからだ。


救えなかった命がある人間に、

これ以上、責任を背負わせるべきではない。


だが同時に、彼は知っていた。

断るという選択肢も、また誰かを見捨てる行為になるということを。


地球は、もう限界だった。

夏の気温は四十度を超え、

ニュースは「異常」ではなく「日常」を伝えていた。


人類は、失敗を繰り返しながら、それでも前に進むしかない。


「……わかりました」


その一言を口にした瞬間、

リオは理解してしまった。


もう、自分の人生は自分だけのものではない。


夜、一人で窓の外を見る。

かつて青かった地球は、どこか疲れた色をしていた。


――守れなかった。

――それでも、逃げられない。


リオは拳を握る。

その手は震えていたが、開くことはしなかった。


彼は強い人間ではない。

ただ、立ち止まることを許されなかっただけだ。


そしてその性質こそが、

百年後、この惑星で語り継がれる

「最初のリーダー」を生んだのだった。

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地球樹(アースツリー) @nobuasahi7

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