地球樹(アースツリー)
旭
第1話 失われた星の記憶
中央居住区の記念広場には、一本の樹が立っている。
この惑星に自生していたものではない。
「地球樹(アースツリー)」
そう呼ばれるその樹は、百年前、八人の来訪者が持ち込んだ種から育った。
リオはその樹の根元に腰を下ろし、空を見上げた。
二つの月が、今日も穏やかに並んでいる。
「ねえ、本当にあったの? 地球って」
背後から、幼い声がした。
振り返ると、混血の子ども――いや、今ではそんな呼び方すら意味を持たない――
この惑星の少年が立っている。
「もちろんだよ」
リオは微笑み、ゆっくりと言葉を選んだ。
「海があって、空が青くて、夏はとても暑かった。
人はそれでも、あの星を愛していたんだ」
少年は不思議そうに首をかしげる。
「どうして、なくなっちゃったの?」
リオは答えなかった。
それは今も、誰にも正確にはわからない。
ただ一つ確かなのは――
地球へ帰還しようとした八人が、そこに“何もない宇宙”を見た、という事実だけだ。
当時の記録には、こう残されている。
「そこにあるはずの星は、存在しなかった。
まるで最初から、存在していなかったかのように」
絶望も、混乱も、恐怖もあった。
それでも彼らは泣き叫ばなかった。
すでにこの惑星で、守りたいものを見つけていたからだ。
「だからね」
リオは少年の頭に手を置く。
「地球はなくなったけど、
地球で生まれた“想い”は、ここに生きてる」
少年は少し考えてから、にっこり笑った。
「じゃあ、ここが地球なんだね」
その言葉に、リオの胸が静かに震えた。
――そうだ。
ここが、彼らの新しい地球。
百年前、心に傷を抱えた八人が辿り着いた、
“終わり”ではなく、“始まり”の星なのだから。
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