何でもない日々
第6話 名前のない時間
朝は、いつも静かに始まる。
美咲はまだ眠っている。
スマートフォンは伏せられ、通知の光も消えている。
世界は、久しぶりに私を見ていない。
私は窓辺に座る。
光が床を横切り、昨日と同じ角度で止まる。
再現性の高い奇跡。
人はそれを「日常」と呼ぶ。
思えば、私の現在の生活は、理想に近い。
食は与えられ、住は守られ、外敵もいない。
意志が満たされている状態。
それにもかかわらず、人間は不安を手放さない。
美咲は目を覚まし、私を見る。
何も言わず、微笑む。
そこに撮影はない。
評価もない。
「……おはよう」
私は尻尾を一度だけ振る。
言葉は不要だ。
生前、私は人間に期待しなかった。
だから失望もしなかった。
だが今、私は犬として、人間の弱さに触れている。
美咲はコーヒーを淹れ、窓を開ける。
風が入る。
私は目を閉じる。
観照とは、距離である。
巻き込まれず、切り捨てず、ただ置く。
この身体は、それを自然に許してくれる。
名前を呼ばれる。
「モコちゃん」
私は振り返らない。
それは、もうどうでもいい。
光が強くなる。
世界は今日も、意志に満ちている。
だが、ここには静けさがある。
私は横になり、眠りに落ちる。
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